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IF【14歳夢主が現実世界に帰らなかったら?】で、藤丸さんのジョカアリ漫画ベースでジョーカーの国の物語の最初の話。←







かえるよ かえらないと

あの場所へ


帰らなければ―――


 


( ど こ へ ・ ・ ・ ?)


何処に、帰りたいのだろうか。頭にモヤが掛かった様にぼやけて分からない。自分が何を求めていたのか。
視界が変化して見慣れた時計塔の階段が映る。今、何を考えていたのだろうか。ぼんやりと足を踏み出す。


が、


「おっと・・・!余所見したら危ないぜ」


その声に我に返る。意識が散漫してちゃんと段を踏めていなかった。体制を崩しそのまま落下を覚悟する。
背中を支えてくれたのはエース。「大丈夫?」と、声を掛けられるが言葉が出て来なくてただこくりと頷いた。
体制を崩した拍子に宙を舞ったケーキはエースの手にある。どうやら支えるのと同時にキャッチしたようだ。


「ごめん。てか・・・器用やなぁ」


肩を竦めて苦笑し言葉を返す。その言葉にエースは「どうってことないよ」と、笑って答える。羨ましいことだ。
その運動神経が羨ましい。エースの手には他にも荷物がある。「もつわ」と、手を伸ばすが丁重に断られた。
「女の子に持たせるなんて騎士失格だぜ」と、よく分からない事を言われた。むしろこっちがきまずいのだが。


今、二人が向かっているのは時計塔のユリウスの部屋だ。先日、引っ越しが起こりハートの国に変わった。
グレイやナイトメアやピアスとは離れてしまったが、彩俐の傍にはユリウスとエースが居た。他の皆も居る。
それでも、寂しくないと言えば嘘になる。でもユリウスは「時が巡ればまた一緒になることもある」と、言った。


ハートの国での滞在地は時計塔。


住人は領主のユリウスと彩俐だけ。後はユリウスの仕事を手伝っているエースがたまに立ち寄るくらいだ。
と言っても、エースは年中迷子だから中々時計塔に辿り着けない。だから二人っきりの方が断然多かった。
クローバーの塔に居た頃はグレイやナイトメアや塔の職員が居たから賑やかだった。今は少しだけ静かだ。
その静けさを寂しく感じる時がある。それで泣くほど子供じゃない。だが、そんな時はユリウスが居てくれた。
不器用だけどなんやかんやで優しい人だから。そして今回ケーキを作ったのはユリウスへの感謝も兼ねて。


「じゃあこのお礼として旅に付き合ってくれよ」


見た目にそぐわず彩俐もなかなかに頑固だ。どちらも譲らない。不意にエースが「そうだな・・・」と、腕を組む。
そして、思い立った様に手を打ち、そう提案した。その言葉に彩俐の顔が僅かに引き攣る。エースは迷子だ。
彩俐も方向感覚が優れているとは言えないがそれでもエースよりはマシだと断言出来る。つまり筋金入り。


「・・・・・そのうちな」


呟く。暗に「いきたくない」と、主張するが気付いてもエースは無視するだろう。この似非爽やか卑猥騎士め。
遠い目をしながら嫌そうにしている彩俐を見てエースが笑う。そして階段を上る様に促して部屋へ向かった。
どちらが先に扉に手を掛けたか分からない。ほぼ同時にエースと彩俐は扉に手を掛け勢いよく開け放った。


 


「「ユーリーウースー!」」


まるで計ったように揃った声にユリウスは頭を押さえたくなった。なぜこうもこの二人が揃うと騒々しいのか。
「・・・せめてノックくらいしろ」と、たっぷりと間を空けて呆れ半分溜息交じりに口にしたのはその言葉だった。
突っ込むべき箇所がずれていると思ったがそれを突っ込む気力すら湧いて来ない。取り敢えず静かにしろ。


「それよりこれこれ!」 「せっかくの手作りなんだし、いただこうぜ」


とは言え、この二人がそれを聞いてる筈もなく依然としてテンションは相変わらずのまま同時に口を開いた。
徐にエースが差し出したのはホールケーキだ。見たところ市販のものではない。市販にするには少し歪だ。
誰が作ったか知らないが「・・・食べれるのか?」と、疑惑の目を向けると「酷っ!」と、彩俐の声が聞こえる。


――お前か。


「食べれます!・・・たぶん。食べれる・・・ハズ!」


妙に多分を強調してそう言う彩俐に「たぶんと言ってる時点で怪しいところだがな」と、一刀両断して答えた。
「さっきからユリウス意地悪やで!女の子には優しくせな!」「そうだぜ、だからモテないんだぞー」と、反論。
否、エースに至っては明らかに便乗しているだけだろう。ユリウスは深い溜息を漏らして作業の手を止めた。


「あ、ユリウスー!俺、ミルク多めな!」


席を立った瞬間にテーブルケーキを置いていたエースが間髪入れず言った。「自分でやれ」と、言い捨てる。
「えー!そりゃないぜユリウスー」と、気色悪い声をあげるエースの横をすり抜けてユリウスの隣に並んだ。


 


仕事部屋を出て暫らく進むとキッチンのある部屋に着く。このキッチンは結構広くて備品も案外整っている。
調理台の上で珈琲を淹れ始めたユリウスを尻目に彩俐は棚から皿の用意を始める。「あ、ユリウスー?」。
どうせユリウスの事だからエースの分も用意するだろう。自分の分の珈琲も強請ろうと彩俐が声をあげた。


「・・・ミルクと砂糖たっぷりだろう」


「太るぞ」と、余計な一言が付け足される。一言余計だが何やかんや好みを理解してくれてると思うと嬉しい。
声に出して笑ったら流石に悪いから、笑いを噛み殺そうとしながら、皿を取り出そうと踏み台に足を掛けた。


「お、わっ?!」


咄嗟に間抜けな声が漏れた。まさか踏み台が壊れてると思うまい。ぐらりと視界が傾くが体制が戻せない。
「なんだ」と、面倒臭そうにユリウスが振り返った。「な!?」。落ちかけている姿を見て驚いた声が聞こえる。
落ちたところで大した高さはないから多分運が良ければ怪我はしないだろう。階段から落ちた事に比べたら。


とは言え、痛いのは嫌いだし出来る限りそういう状況は回避したい。と言っても現状回避出来ると思えない。
諦めて目を瞑ったが衝撃が無かった。緩々と目を開けると最初に視界に映ったのは見慣れた濃紺のコート。
「・・・ユリウス?」「まったく、少しは注意しろ」。庇ってくれたのは想像通りで、呆れたようにユリウスが言った。
仕事ばっかりで運動なんてロクにしていないだろうユリウスが近距離とは言え、間に合うとは思わなかった。


が、


パコンッ


間抜けな音が響いた。「~~っ」。それと同時にユリウスが顔を顰めて頭を抑えた。カランと床に転がる盆。
フラついた拍子に棚に触れてしまったらしく不安定な状態で置いてあった盆が落下したらしい。沈黙が過る。


「・・・えっと、その・・・大丈夫・・・?」


身を呈して助けて貰ったんだから当然の事ながら感謝はしてる。してるが、頭上に盆が落ちて来るなんて。
どう見てもコントにしか見えない。気遣うように言葉を掛けようとしたが不覚にも声が震えた。これはヤバイ。
シュンシュンとヤカンが沸騰して音を立てた。「あぁ」と、何事も無かったかのように冷静に振る舞うユリウス。


(こ、これは・・・)


真顔を取り繕う


腹筋がヒクヒク引き攣る。油断したら今まで堪えてきたものが無意味と化してしまう。必死に堪えようとする。
が、笑いを堪えるのは難しい。というか苦しい。出来る事なら今すぐ思う存分に爆笑してしまいたい。苦しい。


「あっははははは!ユリウスーそれは格好悪いぜ」


と、一生懸命笑いを堪える彩俐を余所に入り口から遠慮のない笑い声が聞こえて来た。同時に頭を抱える。
「ちゃんと最後までキメないと・・・パコンって、ぷぷっ」。恩人を笑う趣味は無い。決してそんな悪趣味は無い。


が、これは――


「・・・笑いたければ笑えば良い」


「我慢されると余計に腹が立つ」と、ユリウスの呆れた声が頭上から聞こえる。俯いて小刻みに肩を揺らす。
そしてトドメとばかりにエースが「だってさ?」と、話を振った。顔を上げると同時に床に転がる盆が目に入る。
「ぶはっ」と堪え切れずに噴き出した。だってアレは無い。最後の最後に盆が頭に落下だなんてあんまりだ。


 


「おい。いつまで笑ってるんだ」


部屋に戻っても未だに笑っている彩俐を見かねてユリウスが言った。が、顔を見るとどうしても笑ってしまう。
「それは仕方ないぜユリウス」と、御冠のユリウスを宥めつつエースも思い出したのかまた小さく噴き出した。
「傑作だったもんな」と、悪びれ無い顔で地雷を踏み貫くエースと目に見えて不機嫌なユリウスを見比べる。
彩俐は小さく笑った。この光景が日常だと呼べる程にこの世界に馴染んでしまった。居心地の良い場所だ。


クローバーの塔に滞在していた頃から変わらない――。


(・・・最初に会ったんはエースやんなぁ)


ケーキを切り分けながら彩俐はふとこの世界に来た頃を思い出していた。


ラピュタ宜しく落下していたところを受け止めてくれたのがエースだ。そして此処がクローバーの国と教わる。
そしてその後、ナイトメアやグレイ、ユリウス達がやって来た。最初は人見知りもあってかなり遠慮していた。
でも、こちらの気も知らずにずけずけと人の心を読んでくるナイトメアにいつしか遠慮も消えていた風に思う。


――慣れって怖いな。


口下手な自分としては心を読まれるのは歯痒い反面、有難くもあった。一番一緒に遊んだのはナイトメアだ。
仕事をサボってる時に遭遇すると必ず話し相手になってくれて優しいところもある。不安になるくらい優しい。
グレイは、何というかお父さんとお母さんを足して2で割った感じ。印象の原因の大半はナイトメアだと思う。
あと典型的な大人の男性って印象がある。でも無理してるのか偶に口調が素に戻る辺り大人とは言えない。


ユリウスはお兄ちゃんみたいなもの。根暗でぶっきらぼうで口下手だがとても優しくて傍に居て安心出来た。
誠実な人だから信用出来る。この人だけは嘘は吐かない。否、吐かれても構わない。そんな風に思える人。
(・・・・誠実?)ふと、疑問が浮かぶ。自分は何を思ってユリウスのことを誠実だと思ったのだろうか。どうして。


「彩俐?」


不意に呼び掛けられて、ハッとする。気付けばケーキを分ける手が止まっていたらしい。慌てて更に乗せた。
「ごめんごめん。ボーっとしてた」と、作り笑いを浮かべる。ユリウスもエースもそれを別段疑問視しなかった。
彩俐もそれを蒸し返す事はせずユリウスにケーキを差し出す。否、正しくはフォークに突き刺して差し出した。


「はいユリウス、あーん」


食べ易い様に一口サイズに切り分けたそれを口に近付ける。にこりと無害そうな笑みを浮かべるが確信犯。
エースに目を向けても同様に、ユリウスの反応を楽しんでいる。ユリウスは溜息を漏らすと普通に口にした。
あまりにも普通にそれを口にするものだから困惑した声をあげたのは彩俐だ。「なんだ?」と、逆に尋ねる。


「食べろと言ったのはお前だろう」


と、言われる始末。冗談を本気で受け取られた時ほど拍子抜けする事は無い。が、至極まっとうな意見だ。
ちらりとユリウスに目を向ければ完全なる確信犯。虚を突かれた上にしてやられた感があって物凄く悔しい。
フイッと拗ねたように顔を背けた彩俐と珍しく勝ち誇った顔をしているユリウス。なかなか見られない光景だ。


が、自分だけ疎外されてつまらなくなったのかエースが「俺も俺もー」とじゃれついてくる。が、彩俐は無視だ。
ユリウスにしてやられたのが相当悔しかったのだろう。かと言ってエースはそれで黙るほど大人しくはない。
「油断大敵・・・っと」。耳元で声がしてハッと視線をそちらに向ける。「あ・・・」。エースが苺を口に放り込んだ。


「あーーーーー!!!それ残しといたのにー!!」


一瞬理解が遅れたが状況を把握した途端に非難の声が漏れる。苺が好きで最後に残しておいたのに酷い。
「あれ?食べないのかと思ったからさー」。と、白々しい言動が腹立つ。好きな事を知ってる癖に意地悪だ。
「ごめんごめん」と、エースが謝罪を入れる。「・・・知らん」。完全に機嫌を損ねたらしく、顔を背けてしまった。


「エース・・・お前ってやつは」


それを眺めていたユリウスは溜息を漏らす。構って欲しいにしてもやり方は他にもあるだろうに心底馬鹿だ。
逆に彩俐の機嫌を損ねてしまったら意味が無い。やれやれと、自分の皿にある苺を彩俐の皿に放り込んだ。
「お前もそれくらいの事で拗ねるな」と宥める。皿に置かれた苺を一瞥するが彩俐の気は治まらないらしい。


と言っても、目線は微妙に苺を追い掛けている辺りほだされ掛けているようだから陥落まであと少しだろう。
「良かったじゃないか彩俐」と、皿に乗った苺を指差しエースが言う。「お前が言うな」とユリウスの突っ込み。
「・・・・」。そんなエースを一瞥してまた目を反らす。そろそろ許しても良いが簡単に許してしまうとつまらない。
そもそも腹は立ったが苺一つ如き根に・・・・・そりゃまあちょっと持つけど、そこまで拗ねるほど子供じゃない。


「彩俐」


不意にエースに名前を呼ばれて顔をそちらに向ける。「!!」。唇に何か触れる。彩俐は驚いて目を剥いた。
赤い物体。エースの分の苺だ。侘びのつもりなのだろうか断りも無く押し付けるなんて詫びでも何でもない。
にっこり笑うエースを一睨みするがどうやら引く気は無いらしい。溜息一つ押し付けられた苺に齧り付いた。


口内に広がる甘酸っぱさに自然と頬が緩む。やっぱり美味しい。ひとつ食べると欲が出てしまうのは本能だ。
視線をケーキに向けた。ら、流石ユリウスというか、黙々とケーキの上に乗った苺を彩俐の皿に乗せている。
一番大きい苺を乗せた瞬間まるで子供の様に目を輝かせた彩俐にエースとユリウスは顔を見合わせ笑う。


――単純なものだ。


自分達の知る限り彩俐という少女はこの世界には似つかわしくない性質を持った子供だと言える。純粋だ。
否、確かに可愛げのない言動や素直では無いし捻くれた部分も多く見られる。そうだとしても歪んでいない。
この国の住人は皆一様に歪み狂気的な一面を持つ。だが彩俐は余所者ゆえだろうかその一面を持たない。
決して交わらないその存在が眩しく感じる。同時に妬ましくも思うし同じ場所まで堕落させてみたいとも思う。


が、


住人の誰もが一瞬とは言えそう思ったとしてもそれを実行したことはない。否、しようとしても出来なかった。
唯一無二の"特別"を薄れさせたところでそれは揺らがなかった。その存在に彩俐はずっと支えられている。


 


「・・・帰さなかったのか」


うつらうつらしてたが遂に睡魔に負けたらしい。小さな寝息を立てる彩俐を起こさない様に声を潜めて言う。
その瞬間が訪れるのは間もなくだと言うことは分かっていた。否、その瞬間が訪れたことにも気付いていた。
なのに彩俐は今、此処に居る。本来なら居る筈ないのに何を血迷ったのかこちらの世界を選んでしまった。


「違うよ。帰らなかったんだ」


と、責めるようなユリウスの言葉にエースは苦笑交じりに首を横に振った。エースにとっても想定外だった。
あのタイミングで帰るだろうことは分かっていたが、まさか、残るという選択肢を選ぶとは思いもしなかった。
彼女がこの世界を選んだというならそれも一つの答えであり、否定しようとは思わない。良かったとすら思う。


だが、――果たして"今の彩俐"がこの世界に残ることは正しいことなのか。


「・・・・・」


また厄介事が増えた。ユリウスは深い息を零した。そしてちらりとソファの近くに居るエースに視線を向けた。
すやすや寝息を立てる彩俐の髪に指を絡めながら手遊びする。これに関してエースはどう考えているのか。


「帰ると・・・思ってたんだけどな」


不意にぽつりとエースが呟く。ユリウスもそう思っていた。それ以外考えられない。彩俐には特別があった。
最後にはきっとそれを選ぶ。確信があったから放っておいたのにその予想は外れた。彩俐は帰らなかった。
特別を棄ててまでここに残る理由となった何かがある。思い当たる節が無いわけではない。一つだけ、ある。


この世界でおそらく一番長い時間を過ごしていたユリウスだからこそ思い当たる事が出来た。確信でない。
あくまで可能性の一つとして挙げられるだけ。仮にそうだとして、当人がそれに気付くかどうかがまず怪しい。
むしろ気付かない可能性の方が高いだろう。ユリウスは内心舌打つ。どうしてこうも厄介事を持ち込むのか。


「・・・なんで戻って来ちゃったんだろうな」


その呟きはエースらしからぬ響きを孕んでいた。何を考えてるか知らないが、否、そもそも考えているのか。
手遊びしていた手を止め烏の濡れ羽色の髪をひと房手に取る。そしてそっと口付けた。さらりと零れ落ちる。


「・・・さあな」


傍観していたユリウスはそうとしか返し様が無かった。そっと目を伏せる。この先の事を考えると頭が痛む。
今はまだいいが、時が巡ればきっと厄介なことが起こるだろう。不確定要素だが何となくそんな予感がした。
その時が訪れた時、願わくば、この娘が変わらず笑顔のままで居てくれたら、と、柄にもなく願ってしまった。


この世界を選んだことを悔やむことが無い様に――と、そう思った。

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