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三月兎とハートの騎士







何とも表現し難い沈黙が部屋を包む。最初は驚いた様に目を丸くしたエリオットだがすぐに察したのだろう。
目の前の男を睨み据えればエースはにこりと笑顔で応えて「流石!理解が早くて嬉しいぜ」と、のたまう。
抱き寄せようとする腕をはたき落として、彩俐はエースのコートの裾で顔を拭った。エリオットを見られない。


「うわっ!?・・・汚いじゃないか!」


「何するんだよ」と、文句垂れるエース。言うに事欠いてそれか。「・・・汚いから拭うんやろ」と、吐き捨てる。
コートだから布地の固さは仕方ない。諦めたように取り敢えずの汚れを拭き取ってずれ掛けた肩紐を直す。


先程からエリオットの沈黙が痛い。が、かと言ってこちらか話を振るのも気まずくて何も言えないのが現状。
というよりも早く部屋に戻りたい。ちらりとエースに視線を向ければ何を思ったのかエリオットに目を向けた。
「遠慮はいらないぜ?やる事は済んだところだし」と、笑顔で吐き捨て「何か忘れ物?」と、言葉を続けた。


「・・・てめぇ」


漸く口を開いたと思えば低く唸るような声。どう都合よく聞いてもそれが上機嫌だとは思えない調子の声だ。
しれっと吐き捨てたエースに対してその感想を抱いたのは何もエリオットだけでなく彩俐もまた同感だった。


(・・・解雇したらアカンかな)


この駄犬


まさか醜態をエース相手だけではなくエリオットや友人たちにまで晒す羽目になるとは思ってもみなかった。
今までは利用価値の高い犬だからと多目に見て来たがそろそろ調子に乗り過ぎだ。本気で解雇を考える。
が、現状を踏まえるとエースを解雇するのが有益でないのが困りものだ。何れ必要になると確信している。


そもそも、どうしてこんな事になったのか――。


振り返ってみれば給湯室で褒美を強請られた事が始まりだと言える。場所が場所だったこともあり拒んだ。
当然だ。いつ誰が来るとも知れない場所で最後までやれるか。だが、それがエースの不興を買ったらしい。
会合を終えた後、片付けをしてたらエースが姿を見せた。最初は普通に雑談していた筈だったというのに。


『そういえば、まだ貰ってないよな』


ご褒美。何の切欠でスイッチが入ったのか奴は唐突に強請った。というか、給湯室で既に与えただろうに。
が、エースに言わせれば『確かに強請られるのも悪くないけど、満足したのは彩俐だけだろ?』な、らしい。
満足度に関してのコメントは控えるがあれではまだ足りないとのことだった。そして、先程の出来事に至る。


思い出しても屈辱的で、今すぐ消え去りたい衝動に駆られる。


とは言え、エースだけを責めることが出来ないのは彩俐にも後ろめたさがあったから。拒否出来なかった。
否、拒否することは可能だったがそれをしなかったのは彩俐だ。言い換えたらそれは同意であるという事。
だが現状を省みるとそれを素直に認めることは困難だ。エースを睨むエリオットと、エースは笑顔で応える。
相対する一人と一羽。口を挟む真似も出来ずに彩俐はどうにかこの場を脱する方法が無いかと思案する。


 


「あはは、あんまり見つめられるとてれちゃうぜ」


と、その気も無い癖にエースが言った。それに対しエリオットは無言でさらに表情を険しくさせる。当然だ。
見つめ合う男女ならばまだロマンスの予感もあるが男同士とかそれどういう状況なんだ一体。見たくない。


「気色悪ぃこと言うんじゃねぇよ騎士。てめぇなんざ見てねぇ」


エースの冗談に付き合う気はさらさら無いのか相変わらず不機嫌さを隠すことなくエリオットが吐き捨てた。
そして、エースに向けられていた視線が不意に彩俐へと向けられる。相変わらず険しい表情をしたままだ。
どことなく居心地の悪さを感じて自然とエリオットから視線を逸らした。現時点で悪いのは彩俐ではない筈。


「ああ、じゃあ見てるのは彩俐?」


「だよなぁ。俺もそんな趣味は無いし」と、爽やかに笑ってエースが言い、そして、言葉を繋いだ。場が凍る。
ふたたびエースに向けられた視線に僅かに憎悪とも殺意とも取れる感情が篭る。だがエースは堪えない。
不可抗力だと声を大にしたいが場の空気からしてその発言を許さない。というか、巻き込まないで欲しい。


「確かに目のやり場に困るよなーこの格好」と、可笑しそうにエースは紅い双眸をこちらに向けて、笑った。
その言葉に反射的に自分の格好に視線を戻して思わず納得する。そして次に思うのは(・・・着替えたい)。
どこぞの馬鹿のせいで用意された会合の服が汚れてしまった。隠そうにも隠し切れない汚れを見て溜息。
誰のせいだと言いたいが、言ったところで状況が悪化しそうで何も言えない。無言でエースを睨み据えた。


「・・・このゲス野郎が」


その発言に対してエリオットが吼える。マフィアも一般的には下種に属すると思うのだがおっと話が逸れた。
それに対してエースが腹を抱えて笑いだした。唐突な出来事に彩俐は思わずドン引きした視線を向けた。


「マフィアのナンバー2がそれを言うのか?それに少なからず興奮したんだろう?」


「俺としてはもう少し大きさが欲しいところだけど」と、言った瞬間に反射的にエースのブーツを踏み躙った。
「痛っ!痛いって彩俐!」と、エースが反論するが無視する。その口を縫い付けてやろうかと本気で思った。
「大丈夫だって。落ち込まなくたってちゃんと育ててあげるから」と、謝罪はおろか下世話な事を言い出す。


「・・・・・いつそんな関係になりましたか。そろそろ黙れよ腐れ騎士」


死ねと言わなかっただけ優しさと思って欲しい。彩俐は真顔で吐き捨てた。エースはまた笑い声をあげた。
というか、先程からエリオットが沈黙したままで言葉を発しない。エースの挑発をどうにか堪えているのか。
はたまた、目の前の出来事に閉口せざる得ないのか。少なくとも黙り込んだままというのは不気味である。


「あはは、君って本当に恥ずかしがり屋だよな」


暴言を吐かれてそれを恥ずかしがり屋と受け取るのか。さり気無く肩に回された手からするりと抜け出す。
これ以上、留まるのは時間の無駄だ。というよりも、そろそろ撃ち合いが始まりそうな気配がしてならない。
巻き込まれるのは御免だ。「どこに行くんだよ」と、エースが呼び止めるが無視。「これから仕事」と、返す。


別に嘘は言ってない。事実、次の時間帯に仕事の交渉が一件控えている。気が進まないのはやまやま。
だが、かと言って、気乗りがしないことを理由に依頼を断れる程、JabBerWoCkyは経済的に潤っていない。
気乗りしない要因とも言える依頼主の顔が脳裏に浮かんで自然と小さく溜息が零れた。会いたくないなぁ。
アリスに対しては気持ち悪いくらい好意的だが、彩俐に対し遠まわしにネチネチと鬱陶しい事この上ない。


(めんどくさいなぁ・・・)


溜息


化かし合いのつもりなのだろうか。が、彩俐にすれば暇潰しにすらなっておらずそれは面倒事でしかない。
それならまだブラッドとの話し合いの方が楽しめる。否、アレはあれで面倒であることに違いはないのだが。
一手先や二手先が見えるだけでは詰まらない。三手先を見極めるゲームの方がスリルがあって楽しめる。


「そんな物憂いげな顔されたら困っちゃうぜ」


「そんなに俺と離れるのが寂しい?」と、いつの間に距離を詰めたのかエースが顔を覗き込みそう言った。
屈託ない爽やかな笑顔で言い放ったエースに負けず劣らずの笑顔を浮かべて彩俐はゆっくり口を開いた。


「解雇」


 


「まったく素直じゃないよな」


そのまま部屋を出て行った彩俐の背中を見送ってエースが言った。その顔には相変わらず笑顔が浮かぶ。
翻弄されて余程悔しかったのか「解雇」等と言っていたが現実問題それは出来ない筈だ。確信があった。
優先順位を変えない限り。アリスの安否を一番に考える事を止めない限りは、エースが絶対に必要になる。


いくら人並みより少し上の力を持っていたとして、余所者である限りその力に限界がある。余所者は弱い。
そんな余所者が身を寄せ合ったところで身を危うくするだけ。役持ちを頼ってしまった方がよっぽど安全だ。
現にエースを雇用した事により二人の余所者の危険は減って安全度が絶対的に増しているのは事実だ。


――違う意味で危険かも知れないが。


「あの子の前では我慢してたみたいだけど、本当のところはどうなんだ?」


「それで、」と、不意に言葉を繋ぐ様にエリオットに言葉を投げ掛けた。笑顔は変わらないが空気が変わる。
向けられた紅い瞳にエリオットは小さく舌打ちする。牽制のつもりか、はたまたいつものように冗談なのか。
目の前の男が何を考えているのかまるで読めない。それが余計に釈然としなくて不快で薄気味悪く感じる。


「・・・言う必要はねぇ」


義務もなければ必要も無い。エリオットは短く吐き捨てる。が、言葉に反して脳裏を掠めたのは先程の姿。
そこに彩俐が居たと気付いた瞬間はただ驚いた。が、焦った彩俐と目が合って何があったのかを悟った。


気付かない筈がない。


エリオットとて男。それなりに経験があることも否定しない。汚れに塗れた姿を見て分からない筈なかった。
否、出来るならそれが見間違えもしくは薄汚れた欲望に塗れた夢だというならまだ良い。否、良くは無い。
彼女を染めるのが他の誰かではなく自分だとしたら願望として許容出来た。が、蓋を開ければ何のその。
流石に彩俐の男の趣味を疑ったのは言うまでも無い。よりにもよってどうして騎士を選んだのか解せない。


「へぇ、あれを見て何も感じないなんて不感症なんじゃないか?」


「まあ欲情しましたなんて言われても手が滑っちゃいそうだけどな」。あははと薄ら寒い笑みを浮かべ言う。
言い方は爽やかだがそこに暗に含まれているのが警告だということは言うまでも無い。エースは本気だ。
どういった類の感情でもって彩俐に接してるのかは知らない。だがその執着は異常なまでなのは分かる。


「付き合ってるわけじゃねぇんだろ?」


声の調子が少し戻ったのは彩俐とエースの先程のやり取りだ。聞いた限りでは恋人関係ではないらしい。
だとすれば騎士の妄執は諸刃の剣。彩俐という人間の性質を考えたならそれはかなり危ういものになる。


「・・・だとしても、君に付け入る隙なんて無いぜ?」


「それに逃がさないよ」と、騎士は笑う。彩俐は逃げられない。否、何れ逃げるという選択肢も消えるだろう。
捻くれた性格ではあるが彼女は良くも悪くも一途だ。故に、囲い込むことは容易い。誘い込めば良いだけ。
足掻くというならそれでも構わない。その分ゲームを愉しむ時間が増えるだけで結末はどうせ同じなのだ。


「あいつがカプリスキャットだってこと忘れんなよ」


ハッと鼻で笑いエリオットが言った。カプリスキャットはルールに縛られない。余所者に取り込まれない限り。
だからエースが彩俐を捕えるために画策しようとそう簡単には進まない。縛り付けられる者なんて居ない。
油断すればすり抜けていく。そして魅了された者を破滅させる忌まわしき存在。が、同時に愛おしくもある。
誰もが求めて誰も手にする事が出来ない存在。カプリスキャットという呼称は好かない。だが、そう思った。


「・・・関係無いさ」


「逃がしても帰って来るような馬鹿な子だからね」と、言葉にしたと同時に薄らと浮かんだのは渇いた笑み。
意図を掴みかねる言葉にエリオットは眉を顰めて「はぁ?」と返す。そんなエリオットを見てエースは笑った。
「さて、と・・・俺はそろそろ行こうかな」。彩俐も居ない今、ここに留まる理由がない。爽やかな声調で言う。


「あ、おい!」


まるで意味のわからない言いたい事だけを言い残してその場を離れようとしたエースの背中を呼び止める。
が、エースはまるで気に留めず「あははー」と、いつもの能天気な笑い声をあげる。憎たらしくて仕方ない。


「従順な犬だからね」


「ちゃんと御主人様をまもらなきゃな」と、言葉を繋いだ。エースが役割外の仕事をしているのは察している。
帽子屋ファミリーの依頼をJabBerWoCkyが退けた時から知ってたことだ。が、俄かに信じ難いものがある。
あのハート騎士が誰かに従う等信じ難い。「っ・・・待ちやがれ!」。呼び止める声にエースは応えなかった。


扉が閉まる。


「・・・馬鹿だよなぁ」


三月ウサギを無視して、後ろ手で扉を閉めたエースはぽつり呟いた。誰を指すわけでもない空っぽの言葉。
脳裏を掠めたのは誰であったか。情景を振り払うようにフッと小さく笑って彼は長い回廊をゆっくり歩んだ。

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