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※裏的表現注意※

 


部屋に戻ってから彩俐が最初にしたのはベタベタとした感触を洗い流す為にシャワーを浴びることだった。
時間が経過したせいか、服に付着した精液は渇いて爪先で削れば簡単に粉末化して取ることが出来た。
が、全てそうやって落とすなんて馬鹿げている。無造作に洗濯用の盥に放り込みバスルームに向かった。


ノズルを回せば頭上から温かいお湯が降り注いだ。髪を濡らし、顔を濡らしてぼんやりと天井を仰ぎ見た。
格子状の薄緑の天井に少しだけ趣味の悪さを感じる。何となくだが籠の中に囚われている様な気がした。
もちろん十分に高さがあるそれを見て、そんな風に思ったのはおそらくあの格子状の模様のせいだと思う。


(・・・囚われる、か)


何に?


引っ掛かった単語をぼんやりと頭の中でもう一度、描いた。どうしてそんな風に想ったか理由を考えてみる。
やはり原因を思い描けば浮かぶのは格子状の模様。そして次に浮かんだのが赤・・・と描き掛けて止めた。
あり得ない、と連想しようとしたそれを振り払う。振り払おうとして失敗した。胸の辺りが妙にざわつき出す。


ほぼ連鎖反応のように脳裏に浮かんで来たのは先の情景。流れていく記憶の中で目が止まったのは赤。
いつもの余裕は垣間見えず切羽詰まったその痴態に思うところがあったことは否定しない。否、出来ない。
自身の中にそんな欲望があったとは思わなかった。そして、止められないと思う様な衝動があったことも。


「・・・・・」


思い出すのと同時にまた熱情が微かに蘇える。僅かに熱を抱いたその身を冷ます様に少しノズルを捻る。
目を閉じて顔を濡らす。瞼の裏に浮かんだのは今度こそ振り払うことが困難なあの時の姿が映し出される。


『・・・ん・・・っ』


声を殺した結果、鼻から抜ける様に漏れた声。その声につられて視線を上げればほんのりと蒸気した頬。
男としてのプライドの問題なのか声を抑えた様だが迫る快楽の波を逃がすのは本能として容易くは無い。
かつて彼が自分に告げた「声を抑えようとした方が燃えるよなぁ」という言葉の意味を今、漸く理解出来た。


――確かにこれはクセになる。


より強い快楽を求めた結果が主導権を手放す羽目になると想定してなかっただろう。とは言え、抗えない。
いくら強靭な精神を持つハートの騎士とはいえ、一度火が点いてしまった欲情を鎮めることは困難だろう。
本能としてインプットされた悲しき性だ。手綱を他者に委ねざる得ない状況で彼はどんな風に思ったのか。


知る術は無いし、今となったらそんなことは最早どうでも良いことだ。委ねられたそれを丁重に引き受けた。
乱雑に扱うことだって可能だったそれを壊れものに触れる様に大切に扱ったのは、壊したくなかったから。
何故かそうしてはいけないような気がした。だから最大限に大切に扱い悶える艶めかしい痴態を堪能した。
吐息交じりに漏れる微かな喘ぎに興奮すら覚えた。内で密かに芽吹いた微かな熱情がその身を疼かせる。


「・・・・・」


冷たいタイル壁に背中を委ねて指先を胸に滑らせる。形を確かめる様に包み込み僅かに手に力を込める。
幾度か繰り返して、不意に物足らなさに襲われる。そして、おそるおそる指先で先端の敏感な箇所を弄る。
既に尖りはじめたそれに強弱付けて刺激を与えていく。過去の経験に倣うにせよ嬉しくない経験則だった。


が、悲しきかな何だかんだで回数を重ねた事により身体が覚えたらしく拙い手付きでも身体が反応を示す。
自分を慰めるだけのくだらない行為に嫌悪感が込み上がった。何の生産性も無い不毛な行為でしかない。
だけど手を止める事が出来なかったのは身体に残る熱をどうにかしてしまいたかったから。でも足らない。
本能に従ってくだらない事に熱は昂ぶれど心が満たされない。胸の奥の充足感がまるで埋まってくれない。


(     )


言葉にならない


酷く曖昧で認め難い感情。否、認める気なんて無い。否、認めてしまえば何もかも終わってしまう気がした。
終わらせてしまわなければと焦る反面、まだ終わって欲しくないと考える無様な自分が居るのは知ってる。
その感情が指す答えをまだ気付きたくない。だって、不毛かつ無様で愚かしい。自分には不必要なものだ。


「っ・・・ん・・・」


片方の手をゆっくりと下半身に伸ばす。無意識に快楽を得られる場所に触れたのは慣らされた結果だろう。
だが、されるのと自分でするのではまた勝手が違う。疼きから逃れる様に与えられていた感覚を思い出す。


描いた通りに動かせば大満足とまではいかずとも快楽を得ることは可能だ。が、その度に心が渇いていく。
脳裏を掠めた残影が何かを囁く。それを思い出して、否、感覚を取り戻し身体が熱を帯びる。果てがない。
息使いさえもリアルに思い出せるというのに目を開けてもそこに誰も居ない事実に少しだけ泣きたくなる。


『っ・・・ぁ』


慰めたのは形振りも構わず身悶えた姿。背中を弓なりに反らせて快楽に耐えるその痴態が脳裏を過った。
それを目の当たりにして初めて愛おしく感じた。触れたいと思ってしまった。だから包装紙越しに口付けた。


――触れたかった。


「・・・っ・・・」


馬鹿みたいにあの時の熱情が蘇る。それを振り払うように不器用ながら刺激を与えるが散ってはくれない。
ズキリと胸が痛み泣きたくなる。頭の中で抱いた感情と吐き出せない言葉がせめぎ合う。答えはまだ無い。
答えが出れば楽になるのかとぼんやりとした思考で考える。どんな形でも答えを出してしまいさえすれば。


が、


違うと思った。答えを出せばゲームに負けてしまう。一度の負けだけならまだしも、あまりにリスクが高い。
失くす可能性を考えれば負けられない。大丈夫。簡単にゲームに負けてしまう程、弱い人間ではないから。
縋らなくては生きていけないほど弱くはない筈だ。だから、まだ、耐えられる。たとえ終わりが見えなくても。


まだ、大丈夫――大丈夫だと思わせて欲しい。


視界を何度も赤がチラついて少し目障りに感じる。なのに消し去ってしまいたいと思えないのだから余計。
消えて欲しい。だけど、同時に消えないで欲しい、とも思ってしまった。抱いた感情に嫌悪感。消えないで。


(ずっと――・・・・)


胸が 痛い


痛みを誤魔化すように我武者羅に快楽を求める。激情によって手付きが乱暴になって痛みが入り混じる。
埋まらない。どうにかして埋めようとした空白部にいくら快楽を注ぎ込んで濁してみても、埋まってくれない。
さびしくて堪らなくなる。一番敏感な箇所を指で擦り上げれば、考える事も儘ならない程に追い詰められる。


「ぁ・・・っ」


ひと際甲高い声がバスルーム内に響いた。気だるさの残る身体に冷たい水が降り注ぐ。立ってられない。
ずるずると壁を伝い座り込んだ。ぼんやり天井を仰ぎ見る。見えたのは格子状の模様。頬を熱い雫が伝う。
彩俐の顔を濡らすのは冷たい水の筈なのに。それが何かを考える事さえ気怠い。鏡に映し出される肢体。


首筋に散りばめられた赤い華を見つめる。これもいつか消えてしまう。この手には何一つ残ってくれない。
そう望んだのは自分だ。だから何も望めない。無意識に自身の身体を抱きすくめる様にそっと手を回した。
どうすることが正しいのか分からない。明らかにすることさえ許されない持て余した感情の行き場に戸惑う。


「だれか・・・」


――祈るようにつぶやく。


(・・・終わらせて)


切に思った


何も求めず済むように。たった一人だけで生きていける力が欲しい。大切なものなんてもう必要ないから。
求めずに居られない愚かな人間の連鎖を終わらせて欲しい。無力な者に求める権利なんて無いのだから。
「エース」。無意識に口にしたのはその名前。こんな感情を抱くべきではないと知ってるのに止められない。


 


「彩俐」


「仕事か?」と、廊下を歩いているとグレイに呼び止められた。最近、似たようなシチュエーションがあった。
それに頷き返せば「最近は不穏な空気が漂っている。気を付けろよ」と、案ずるように言われた。優しい人。
というか、そんな危なっかしい風に見られているのだろうか。心外だ。「まあほどほどに」と、笑顔で応える。


その言葉は決して嘘ではない。


無理をする気なんてさらさら無い。こんな自分でもアリスを危険から遠ざける為の最終防衛線なのだから。
アリスを一人にさせるわけにいかない。だから多少の無茶はあったとしても無理をする気なんて毛頭ない。


「今回はJabBerWoCky関連やから大丈夫やと思うけどねー」


と、それ以上の気遣いは無用だとばかりに伝える。もう一つの方なら多少の危険は伴うかも知れないが。
こちらに関してはアリスも加わる依頼があるのだから危険の高い依頼は受ける時点で退けているつもりだ。


「なら良いが・・・」


と、グレイがまだ少し引っ掛かった様な複雑な顔をして言葉を紡ぐ。が、最後まで紡がれる事無く止まった。
少し驚いた様に目を見張って言い難そうに視線を漂わせる。「・・・何かあったのか?」。そして、そう尋ねた。
僅かに眉を顰めて心配さの増したグレイの表情に疑問を抱いたのは彩俐の方だ。「え、何で?」と、返す。


「べつに何もないよ」


と、へらりと笑って言った。グレイが唐突にそんな事を言い出すものだからむしろこちらの方が驚かされた。
その言葉にグレイは隠すことなく舌打つ。そして距離を縮めると彩俐の頬に触れて指先で目元をなぞった。


「・・・・・騎士に何かされたのか?」


「隠す必要は無い」と、心から案じる様にグレイが言う。ほんの僅かに泣いた跡がある。微かに目が赤い。
言わないでやる方が優しさかも知れないが、彩俐の恋人に当たる存在があの騎士ならば黙ってられない。
あれは平然と自分の恋人であっても傷付けかねない男だから。その言葉に彩俐は一瞬、呆気に取られる。


が、


「あぁ・・・目が痒くて擦ったからやろ?」


「別に何もされてへんよ」と、笑った。否、正しくはナニされたという事実はあるが、それを言う必要は無い。
グレイの手を取りそっと外す。「でも心配してくれてありがとう」と、笑った。改めて恵まれた環境を実感する。
そして「じゃあ、そろそろ時間やし行くわ」と、手を振りその場を去った。その背中をグレイは無言で見送る。


頬に触れた手を外すのに一瞬重なった小さな手を思い返す。その手を掴むのが自分であるならと思った。
だが彩俐が選んだのはグレイでは無い。その事実に何とも表現し難い感情が込み上がる。求められない。
手を伸ばしてもきっと触れさせてはくれない。現に触れた手を外した。彩俐が選んだのはグレイではない。
脳裏を過った赤い騎士に微かに羨望と嫉妬を感じる。その激情を堪える様にグレイはただ拳を固く握った。


 

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