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妹ver 出会い編



「え、泊まりに・・・?大丈夫やって、佐助さんもいるし」

両親の留守を聞いて心配性の親友が電話で泊まりに来ると言ってくれた。が、別に一日一人と言うわけではない。帰宅は遅いものの居候の猿飛佐助も帰って来るのだから。が「だから心配なんです!」と、鶴姫は声を張った。どうやら佐助の信用は薄いらしい。というよりも、年頃の異性二人が一晩、同じ屋根の下で暮らすことが問題なのだとか。「無防備過ぎますよ!」と、叱られてしまった。

しかし純白可憐純粋無垢の典型である親友、大祝鶴姫(おおほうりつるひめ)に言われてもなんだか釈然としないのは何故だろうか。散々「気を付けてくださいね?男の方は狼さんですからどうなるか分かりませんよ!」と熱く語る親友に苦笑が浮かんだ。己が言っている言葉の意味を果たしてこの娘は理解しているのだろうか。適当に相槌を返して、彩俐は電話を切った。まあ心配して貰えるだけ幸せな身分なのだろうと感謝はしている。それに社会人である佐助が帰宅するのは遅い時間帯の為、寂しい思いをするのも確かだ。


(夕飯どうしようかなぁ・・・」

ソファーに寝転びぼんやりと考える

元々は両親と今は独り暮らししている姉と彩俐の4人家族だ。が、それに居候の佐助と近所の小学生コンビ。少ない家族だがそれを取り巻く周囲の存在で今までひとりになる方が少なかった。久し振りの一人での留守番に違和感を覚えるのは、いつの間にか一人である事よりも誰かが傍に居る事の方に無意識に慣れ切っていたのだと思う。


ぼんやりと時間を見遣ると16時半。近所の小学校の生徒である伊達政宗と真田幸村は今日は来ないのだろうか。メールの画面を開くと丁寧に政宗から「今日は宿泊合宿だからいけない」と、小学生らしからぬ文面が届いていた。政宗が宿泊合宿ということは必然的に幸村も来れないだろう。それに居候の佐助は武田証券の社長秘書をしていて帰宅は必然的に遅くなる。

こうして見事に彩俐のぼっち包囲網が完成した。大学の親友達を誘って夕飯にでも行こうかと考えるが、時間が時間であるし、この時間帯に誘ってはそれぞれの過程に迷惑になる。それに確か市は今日は長政とデートだったと思う。一瞬浮かんだ顔の人物。無意識に携帯を握t儀ったが、あちらも社会人であるから電話するのを躊躇った。夜、もし時間に都合が付くようならば少しだけ声が聞きたいと思う。他に宛ては無いかと思案したところ、数少ない親友である前田慶次と幼馴染の長曽我部元親はどうかと思った。が、確か今日はサークルの日だった筈だ。

 

「・・・大人しく夕飯の材料でも買いに行くかなぁ」

結局どう試行錯誤してみたところで彩俐がぼっちなのには変わり無いらしい。こんな時に金吾が居てくれたらラクなのにな。ぼんやりと姉とルームシェアしてる青年を浮かべて溜息が洩れる。食事なんて摂取できたら良いんだ。料理に裂く時間がもったいない。

先に断っておくが、彩俐は別に料理が下手なわけではない。単純に極度の面倒臭がりなだけである。こんな時ばかりはいつも料理を作って待っていてくれる両親が恋しく思えた。料理が作ってあるって幸せなことだな。



明日も食べられる楽な料理と言えばカレーだろう。いざ外出して近くのスーパーで足りなかったカレー粉を購入する。さあ帰ろうと思ったら奇遇にもサークル帰りの慶次と元親、そして家康に遭遇した。成り行きを離すうちに「じゃあ食いにいこうぜ」という流れに相成った。折角カレー粉を購入したのに。だが、一人で夕飯もなぁと考えていた位なのだからその申し出を断る理由は無い。それにしてもラーメン屋か。


「・・・これさぁ私に対する配慮ゼロじゃね?」

と、冗談交じりに言いつつ、注文したラーメンを前に割り箸を割る。周囲を見渡すと屈強な体躯をした部活帰りの男子生徒が溢れかえっている。何と言うかラーメンは美味しいが何となくムサ苦しい。因みにそのラーメン屋は家康の馴染みの店らしい。いつも香ばしい匂いがして興味があったから良かったと言える。


「そう堅いこと言うなって!」 「そうそう! 彩俐ラーメン好きだっただろ?」

その言葉に元親が軽く背中をどやす。が、加減が出来ていない。これが普通の女子だったらきっと痛かったのだろうなと考えながら「チカ、痛い」と、返す。元親に同乗して慶次も言う。確かにラーメンは好きだけども、だからこその文句だ。折角、猫舌だから麺を冷まそうとレンゲに乗せたのに器に逆戻りである。しかし元親は気にした様子もなく、それどころか「大した力じゃないだろ」と全く気にしていない。だからモテ無いんだと内心毒吐く。

「ワシの行き着けの店でな。元親から彩俐がラーメンが好きだと聞いて是非連れて来たかったんだ」

二人の遣り取りを微笑ましく眺めながらハハッと笑みを浮かべて家康が言葉を紡ぐ。確かに美味しいのは認めるがその言い回しはおっさんくさい。「行き着けって・・・家康なんかおっさん臭い」と思わず突っ込む。隣で慶次も似たようなことを考えたのか笑った。それに対して家康は怒るわけでもなくいつもの颯爽とした笑みを浮かべて「手厳しいな」と答えた。通常運転である。

今度、部活帰りに部員を連れて来てやろうかと目論む。流石に市や鶴姫を連れて来るには少々周囲が武骨過ぎる。これでも親友二人は陽月女子大学のミスコンの可愛い部門と美人部門の堂々たる1位である人気者だ。それを流石にむさ苦しい野郎ばかりのラーメン屋に連れては来れない。市に関しては長政に説教を喰らいかねない。婆娑羅大学に通う浅井長政と織田市とは恋中であり、長政とは市を介して知り合った。今は市の目付け役に任命されている。


「でも確かに美味しいなぁ・・・ありがとう」

太くも細くもない食べ易い麺に魚類から出汁を取ったのかコクのあるあっさりした汁で割と好みの味。部活帰りの疲れた身体に丁度良い味かも知れない。教えてくれた家康に対して素直に礼の言葉を告げた。まあ結果としてカレー粉は無用に終わったのだが、一人で食べる夕飯よりもこうやって皆で食べる方が余程良い。

「そういえば皆就活進んでる?」

不意に思い出したように慶次が話題を振った。その発言に家康、元親、彩俐はほぼ同時に顔を顰めた。どうやら失言だったらしいと悟るが、時既に遅し。今は大学4回生で時期は9月。就職難で決まらない者も多い。まあその中には部活に夢中になり過ぎて疎かになっている者も多い。家康と彩俐はその典型だと言えるだろう。家康はテコンドー部のエースで彩俐は剣道部の主将を務めている。就職活動において決して不利では無い筈で、それでも決まって無いという事は、活動をあまりしてないという事だ。

「・・・そういうお前はどうなんだよ?慶次」

どうやら就職活動が難航しているらしい元親が苦い顔で慶次に振った。「俺?ああ決まったよ」と、さらりと答えた慶次に三人の恨みがましい視線が向けられた。まったくもってこの男は空気を読むつもりが無いのだろうか。二度目の地雷は流石に察したのか小さく謝る。どうやら慶次は伯父の家の惣菜屋で働くことにしたらしい。

「流石に本腰入れないと拙いな・・・・・・っと、三成!」

慶次にまで先を越された事が余程衝撃的だったのか、溜息混じりに家康が呟く。が、ある人物を目に留めて声をあげた。その声に面倒臭そうな緩慢な動きで石田三成が顔を上げた。「知り合いか?」と、彼の隣に居た人物が尋ねる。「・・・高校のクラスメイトだ」と三成は短く応えた。その声は明らかに嫌そうで家康を見据える翡翠色の瞳もどこか不服そうだ。

傍らに居た着物の男は三成の連れらしい。「よお三成!そっち・・・誰だ?」と遠慮なく話しかけるのは元親だ。「近所の知人だ」と、それに対して面倒臭そうに三成が答え、続けて着物の男が「我は大谷吉継だ」と、名乗った。どうやら三成の幼馴染であるらしく、小説家をしているらしい。PN「刑部」の名前を聞いて驚いた。


「まさかあの刑部さんとこんな形でお目に掛れると思いませんでした・・・!」

彩俐には大学で知り合った市と鶴姫とは別に中学時代からの親友が二人いる。そのうちの一人が刑部のアシスタントをしていた。まさかその刑部が大谷だとは思いも寄らなかった。差し出された手を握り返す大谷を見て僅かに目を細めた。その視線に気付いたのか大谷が僅かに首を傾げた。が、何事も無かったようにふわりと微笑んだ。

「彩俐ファンなのか?」

そう尋ねた慶次に「あのサイコサスペンスは最高やんか!」と熱弁する。どうやら刑部の小説のファンらしい。一度趣味を語るとマシンガンの如く中々止まらない上に熱い事はこの場に慶次も元親も承知だ。見慣れないその姿に家康と三成は困惑を隠せない。大谷は「我の話を好くか・・・よいよい」と呟き、ヒヒッと妖しげに笑った。

「だぁーっ!分かった分かった!ちったぁ落ち着けって!」

まるで子供を宥める様にわしゃわしゃと彩俐の頭を掻き撫でて元親が言う。勢いで髪が乱れたのか不満の声。だがある程度は落ち着いたのか、ふと我に返った彩俐が「良かったらどうぞ」と、座敷席に三成と大谷を招く。そして「そういえばミツは就活決まったん?」と、問うた。それに対して「当然だろう」と、あっさり即答されてしまった。大学は違っても同じ剣道部の主将として同属意識があっただけに先を越されて何となくがっかりしてしまう。

「マジで?どこどこー??」

とは言え、友人の就職が決まったのは吉報だ。医学部に通う三成の就職先は医療関係なのだろうと適当に当たりを付けて尋ねてみた。どうやら当たりだったらしく、頷いた三成は「豊臣病院だ」と、恍惚とした顔で答えた。憧れの医師がそこに居るらしい。豊臣病院と言えば東に在る大病院の筈だ。名前に覚えがあるのはその近所に姉が住んでいるからである。


「そういう貴様らは決まったのか?・・・・・・その様子だとまだらしいな」

フンッとあしらように途端に目を逸らした。が、彩俐と家康と元親を一瞥して言い放つその表情はあきれ顔だ。あまつさえ「貴様、主将という立場でありながらどういう為体(ていたらく)だ」と、限定でお叱りを受ける羽目になった。


三成とは大学のコンソーシアムで知り合ってから交友を深める様になった。特にレポートの面では非常にお世話になっているので常々感謝している。しかしいつ友人からオカンにシフトチェンジしたのだろうか。言葉にしたら最後、耳に胼胝が出来るほど説教されそうな気がする。既に胼胝が出来そうなくらい説教モードに入った三成から救ってくれた家康には感謝しきれない。

折角だからこのまま飲みにいかないかと話が展開。夕飯を終えたところで二次会は飲み会に決まった。メンバーが野郎ばかりだが皆気心の知れた連中である為、気楽だ。グイグイと酒を煽る元親と慶次と家康に対して、もともと酒があまり得意ではない三成のペースは遅い。大谷は結構飲んでいる気がするが素面である。


(何だかなぁ・・・)

内心 苦笑

甘い味が好みの彩俐は注文したカクテルを傾けながらある意味おかしな盛り上がりを見せる彼らをぼんやりと眺めた。こんな風に皆で騒げる日が来るとはあの頃は思えなかった。昔のことを引っ張って来るなんて少し酔っているのかも知れない。薄らと笑みが浮かぶ。そして視線は自然と大谷に向いた。あの様子だと大谷はおそらく覚えていないのだろう。不意に目があった大谷に笑ってごまかして騒いでる中に自ら混ざりにいく。覚えていなくても寂しいとは思わない。


だって――今が幸せだと心からそう思えるから。





駅前で家康達と別れた後、コンビニ立ち寄り明日のパンと牛乳を購入する。斜め向かいの家に住まう元親は必然的に家まで送ってくれることになる。家に入る前に「一人で大丈夫か?」と聞かれた。11時前だからもう少ししたら多分佐助も帰って来る筈。妙に心配している元親に対して「大丈夫」だと答えた。確かに22年以上の付き合いになる為、互いの性格は把握してるが、そんなに危なっかしく見えるのだろうか。昔は護ってあげる立場だったのに。むしろ大丈夫かと聞きたいのは散々酒を煽った元親の方である。どうやら夜風に触れて酔いも冷めたらしい。


「今日はありがとう」

おかげで寂しい思いをしなくて済んだ。礼を言うと、元親がもの言いたげな顔をしたが諦めたのか「何かあったら呼べよ」と、妙に男らしい言葉を残して帰宅した。本当にいつの間にか立派な男に成長したのだなと感心する。そして彩俐もまた自宅のドアを開けて帰宅した。


最初に違和感を感じた切っ掛けは些細な物音。聞き間違えかと最初は耳を疑った2度も聞こえたならばそれは間違えでは無いと確信もするだろう。空き巣なのだろうか。なるべく足音と気配を殺し廊下を進み、部屋の前に立て掛けておいた練習用の木刀にそっと手を伸ばした。もしかするとこの時、「大丈夫」だとは応えたが案外酔っていたのかも知れない。普通ならば自分で踏み込むのではなく元親を呼ぶべきだっただろう。音源が自室だと知り彩俐はますます警戒心を高めた。そして部屋の中へ耳を澄ませる。子供だろうか。

――その声は酷く幼い響き。


ガチャッ

覚悟を決めて一気にドアを開ける


随分と勘が鈍ったらしい。その人数を正確に把握することは出来なかった。だがこれでも伊達に剣道部の主将を務めていたわけではない。特に彩俐の居合抜きの速さは県内でも群を抜いている。不法侵入者に木刀を突き付けるつもりだった。

が、目の前に映ったその姿を捉えて彩俐は思わず驚愕に木刀を落としそうになった。件の不法侵入者も突然の第三者の存在に驚愕したのだろう。愕然とした表情で振り返って彩俐を見つめた。互いに顔を向き合わせて初めてその顔を視認する。息をするのを忘れた。――時が止まった気がした。


藤紫、若緑、小豆色――何とも鮮やかな色をした着物を纏っている。3人の少年達が彩俐の目の前に居る。中でも彩俐の目を強く惹いたのは小豆色の着物を纏った少年だった。「桂松(けいまつ)・・・」。蚊の鳴くような声で呟く。幸いその声は彼らには届かなかった。少年達もまた驚愕に満ちた表情で彩俐を見ていた。

茫然とするのも束の間。

玄関でいつもより帰宅の早かった佐助の「ただいまー」という声が響いた。ハッと我に返って玄関に視線を向ける。「おかえり」と、廊下に向けて一応の言葉を返して、少年達に視線を戻す。見間違いではなくやはり彼らはそこに居た。どう言葉を紡ぐべきかどちらも相手の動きを見ているらしく沈黙する。それから間もなくその沈黙を打ち破るように佐助が「彩俐ちゃん夕飯たべたー?」と近所の総菜屋の袋を片手にひょっこり部屋に顔をのぞかせた。


そして 運命は廻りだす――。
 

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