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第一話。

適当な長さで区切っているので、長さはまちまちです。




受け身を取り損なって、クリスタルのある湖に落ちたのは少し前のことだ。遠くに薄ぼんやりと光が見える。
身体が冷たい――口から零れる水泡をぼんやりと見送りながら、沈んでいく身体を動かすことなく委ねる。
誰かが名前を呼んだ気がして手を伸ばした。が、水面は遠い。不意に、後ろから誰かに抱きすくめられた。


(・・・赤い?)


見えたのは 赤


目を開けていることが億劫に思えてゆっくりと瞳を閉じる。包み込む温もりに身を委ねた。不思議なものだ。
此処は水の中だというのに温もりを感じるだなんて。そうは思ってみても、それ以上の思考は許されない。


――意識が途切れた。


最果てに眠る茨の、


 


「ユリウスー!彼女、目が覚めたみたいだぜ」


人の気配を感じて僅かにだが瞼が震えた。そして次に聞こえたその声の騒々しさにゆっくりと目を開けた。
最初に視界に映ったのは深紅の双眸と柔らかな栗色の髪。「・・・エー・・ス?」と、無意識にその名前を呟く。


「・・・知り合いか?」


エースの呼び掛けに「ああ」と、短く応えユリウスがソファーに近付く。が、聞こえた呟きに首を傾げ尋ねた。
それに対してエースは肩を竦めて「さあ?」と、答える。はっきりしてきた視界に映るその人を見て思った。


確かに自分も彼は知らない、と。


自分の知るエースとは違う。目の前のエースはむしろ、ユリウスを失くす前のエースだ。白い服が印象的。
ということは、今、どこの軸に居るのだろう。ユリウスの姿を視界に捉えた。時計屋・ユリウス=モンレーだ。


ということは・・・・・


(・・・どこだ、ここ)


思う


分からない。まるで軸が読めない。ダイミラの軸の延長線上なのだろうか。不意に窓の外を眺めて気付く。
ハートの城、遊園地、帽子屋屋敷。その三つが見えることから此処は恐らくハートの国なのだろう。たぶん。


「・・・ごめんなさい。人違いです」


少なくとも、この場に知る人は居ない。それは分かった。だから、曖昧に濁す様に、ただそう言葉を返した。
うっかり口を滑らせてエースの名前を呼んでしまった事に関しては凡ミスだが、あながちミスではないかも。
此処に居るのがエースだけだとちょっと危なかったかも知れないが、運良く此処にはユリウスも居るのだ。


「お前・・・余所者か」


ユリウスが目を見張ったように呟いた。まだ身体を動かすのがだるくて、こくりと頷く。察しが早くて助かる。
病み上がりの手前かヒステリックになるのは控えたようだがその目の色が何とも表現し難いものに変わる。


発作的なヒステリックに至らない辺り、アリスが来た後なのだろうか。余所者への態度が緩和されている。
はたまた元・余所者であるエースが傍に居るから諦めの境地なのか。可能性は幾重もあり特定出来ない。
暫らく瞑目して沈黙した後、ユリウスは腹を括った様に「・・・私に会った事はあるのか」と尋ねた。再び頷く。


「・・・こっちにきて、それなりに経つんで」


余所者・アリス=リデルと共にWWWを訪れて、ハートの国、クローバーの国、嘘吐きの季節、ダイヤの国。
そして、今に至る経緯を簡略化して告げる。その中でユリウスとも出会い、世話になっていたことも伝えた。
エースに関する話については割愛させて貰った。彼もまた別軸の己と余所者の馴れ初めに興味無い筈だ。


「『アリス』とも知り合いなんだなー」


先程まで黙ってユリウスと彩俐の会話に耳を傾けていたエースが、不意に口を挟んだ。どこか冷たい響き。
彼がアリスを呼ぶニュアンスと異なるそれに違和感を覚えた。首を傾げる。「エース」。窘めるユリウスの声。


――不意にドアを叩く音。


「噂をすれば・・・か」と、小さく笑ってエースが扉に向かう。柄にも無くユリウスが小さく舌打つ音が聞こえた。
身体を起こそうとするが気だるさが抜け切らない。それを見越してなのか「寝ておけ」とユリウスが宥める。
とは言え、来訪者が居るのに暢気に寝て居られないだろう。ちらりと視線をドアの方に向けた。ドアが開く。


「元気そうで何よりだわ。エース、ユリウス」


ドアを開けたエースと、ソファーの傍に居るユリウスに対して彼女は上品に笑って声を掛ける。目を剥いた。
確かにその声は、否、顔を見てもそのものだというのに。「久し振りだな、『アリス』」と、エースの声がする。


「・・・お前も相変わらずだな」


呻くようにユリウスが口を開いた。どこか苦々しいその呟きに対して『アリス』は穏やかに笑って見つめる。
「時計屋が生き残れる世界だもの、当然だわ」と、同じ声なのに、どこか響きが異なるそれが信じられない。
先程までの気だるさを忘れてしまったかのように彩俐は身体を起こして、『アリス』に向き合った。「あら?」。


――アリス、だ。


「・・・・・」


青いエプロンドレスを纏ってない。頭にはあの可愛らしい青のリボンを付けていない。だけど、アリスだった。
だが決定的に違うと思ったのは彼女の言動そのもの。銃を抜かずに居られたのは辛うじて残った自制心。


「初めまして、余所者さん」


にこりと微笑んで彼女は言った。『彩俐』ではなく、『余所者さん』と。それだけで十分に絶望的だと思った。
同時に強く抱いたのは郷愁の念。自身の居た、あの国に(・・・かえりたい)と、強く思った。一刻も早く、だ。
胸の奥が小さく軋んだ。それを誤魔化すように愛想笑いを取り繕った。「・・・初めまして」と、それに応える。


「あれ?『アリス』と知り合いじゃなかったのか?」


と、皮肉か否かエースが口を挟む。その言葉に『アリス』が愛らしく小首を傾げた。その反応は当然のもの。
だって、『アリス』は彩俐を知らない。むしろ、『アリス』がアリスであるなら『余所者さん』とは呼ばない筈だ。


ある意味――救いだったかも知れない。


仮にもし、『アリス』が彩俐を『余所者さん』と呼ばずに、彩俐と呼んでいたとしたら。考えるのもおぞましい。
それがこの世界での二人の行く末だとしたら。否、アリスが選んだのなら、それも正しいことかも知れない。


だが、彩俐はそれを望まない。


アリスには、アリスのままで居て欲しい。目の前の彼女もまたアリスなのかも知れないが微妙に違うのだ。
彩俐が望んだアリスがそこに居ない。それだけで、自分が今までして来たことの無意味を痛感してしまう。
何のために自分が存在したのか分からない。勝手なエゴを押しつけているだけだと理解してる。身勝手だ。


それでも――


「私は余所者の知り合いなんて居ないわよ?エース」


と、『アリス』が首を傾げる。この人達は酷い。彩俐の知り合いが此処に居ない事を既に分かっている癖に。
薄らと浮かんだのは渇いた笑み。「私の知り合いのアリスも、役持ちではないなぁ・・・」と、肩を竦め笑った。
その言葉に一瞬、何か思ったのかアリスが沈黙する。が、否定の言葉は出て来ない。否、出来ない筈だ。


「ところで、余所者君・・・」


「いい加減、名乗らない?」と、沈黙を割るようにエースが口を挟んだ。名乗っていなかった事を思い出す。
いつの間にやら身体のだるさが抜けた。否、それ以上の不快感で、何も感じなくなっただけかも知れない。


「・・・ああ、ごめんなさい」


「逢隈彩俐です」と、小さく会釈する。聞き慣れない音だからか『アリス』もエースも「彩俐?」と首を傾げる。
「彩俐・・・が、名前」と、疑問に最低限の言葉で返した。意識は目の前の三人にあまり向いていなかった。


どちらかいうと、重要視するべきはこれからどうするかということ。


当然ながらこの世界にJabBerWoCkyは無い。さらに言えばこの世界でのライフラインだった繋がりもない。
大人しく余所者を装いどこかの領土の世話になる事が賢明なのか、はたまた、別に活路があるのか否か。
どれが正しい選択なのか答えが出せない。否、おそらく世話になる事が一番無難な選択肢かも知れない。


が、


「彩俐は滞在場所をもう決めているの?」 「何だよ。いきなり邪魔しに来て、掻っ攫うつもりなのか?」


聞こえて来たのはそんな遣り取り。当人の意思を確認もせず勝手に進めていく辺り、他に選択肢が無い。
他の領土を巡る前に時計塔や『アリス』に引き込まれてしまいそうだ。「・・・領土があるの?」。素朴な疑問。
『アリス』の口振りを聞く限り、彼女もまた領主級なのだろうか。はたまた、他の領土に根を張っているのか。


「・・・私の領土に興味があるの?」


意外だったのか、少し驚いた様に目を見張った後、アリスは顔を綻ばせてこくりと頷いた。その言葉に驚く。
まるで猫の子が擦り寄るように近付いて来たかと思うと『アリス』は手を取った。思わず後ずさりそうになる。
「彩俐なら大歓迎だわ」と、『アリス』は微笑んだ。一瞬、アリスと重なったような気がして、眩暈すら覚えた。


「やめときなよ、余所者君」


「あんな陰気臭いところ」と、『アリス』の領土に興味を持った事が気に入らないのか、エースが口を挟んだ。
その言葉に心外だとばかりに『アリス』はエースを一瞥する。そして「此処よりマシだわ」と、言葉を返した。


「確かに人気は少ないかも知れないけど、悪く無いわよ」


と、誘う様に『アリス』が手を引く。というより、そもそも時計塔か『アリス』の領土に滞在すると言っていない。
が、既に選択肢はどちらかにされている。溜息が零れた。どちらにも滞在したくないという選択肢は無しか。


「十分、薄気味悪いじゃないか」


「いけしゃあしゃあとよく言うぜ」と、エースの鋭い言葉。この軸の二人の関係はあまり良くないのだろうか。
エースに言わせればそこは『茨に包まれたこの世の最果て』だという。そして周囲は墓地に囲まれている。


「あの良さが分からないなんて・・・貴方、子供過ぎるわよ」


「いい加減、親離れしたらどう?」と、冷たく言い放ち、『アリス』はユリウスを一瞥する。そして、向き直った。
「ねえ、彩俐。私の領土にいらっしゃいよ」と『アリス』が言う。「きっと素敵だわ」と、恍惚としながら語る姿。
かつて同じ姿を見たことがある所為か、余計にアリスと『アリス』が重なる。その度に苦い思いに苛まれた。

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