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第二話。
中編スタイルなので基本サクサク進めていこうと思います。
大体歪んでいます。
彼女が嫌いというわけではないのだ。否、むしろ嫌いになれる要因もなければ、嫌える筈も無いと思った。
否、確かにその性質に苛々させられることはある。だけど、嫌いになんてなれない。それも含めてだから。
望まない形になってしまったとしても、嫌える理由は無い。否、認められないのは、過程を知らないからだ。
だから――、
「私は・・・もう少し、この国を見て回りたいかな」
「せっかくやし」と、申し出を断るように首を横に振った。『アリス』の顔が少しだけ残念そうなものに変わる。
それを見て少しだけ罪悪感に駆られるが見ないフリを通す事に決めた。言葉に偽りは無いし、必要なこと。
この軸の実状を知ってからで無ければ決められない。
最悪、この国で一人で行く事も検討する必要があった。随分と慣れたものだ。寂しさを感じる間もないとは。
脳裏を掠めた赤と親友の姿を振り払ってこれからに思考を切り替える。懐かしむのは一人になってからだ。
アリスが役持ちで、エースはユリウス離れせず時計塔に留まっている。他にどんな変化があるのだろうか。
「そうね・・・余所者はまず巡るものだもの。なら、その後は私のところに来てよ」
「私、貴女が好きよ?」と、腕に手を絡めて小首を傾げる。少女の風貌の中に艶めかしさが見え隠れする。
すっかりWWWに馴染んでしまった。甘い匂いで獲物を誘き寄せて、陥落させる。「まるで食虫植物だ」。声。
女性に対してデリカシーの欠片もない言葉に『アリス』が鋭い視線を向けた。「随分ね」と、冷たい声が響く。
「事実だろ?」
だが、『アリス』の言葉を気にも留めずエースはそう吐き捨て小さく笑った。エースだけど、エースでは無い。
彼は未だ子供のエースや少年の方に近く言葉が遠慮ない。不意に腕を引かれたかと思えばエースの顔。
「あんなところに行かずここに居なよ」と、エースが詰まる。他の選択肢なんて消し去ってしまえとばかりに。
「此処ならユリウスが居るから安全だ」と、告げる声は真摯。次ぎ「ユリウスを選ぶなら守ってあげる」、と。
冗談めかした声だが冗談に聞こえない。彼がユリウスに執着してることはよく分かった。重々承知の上だ。
が、
「・・・検討します」
と、答えて距離を置く。どうして、ユリウスを選ぶか、アリスを選ぶかの二択なのか。滞在場所選びの筈だ。
脱力したかのように『アリス』とエースが息を漏らした。その顔にはありありと『つまらない』と浮かんでいる。
詰まるも詰まらないも、ノリで滞在場所を決めて堪るか。領土との繋がりも考慮するなら安易には駄目だ。
ぺこりと頭を下げ時計塔を出ようとした。「彩俐」と、『アリス』が呼び止める。緩慢に振り返り視線を向けた。
「待ってるわよ」
にこりと微笑んだ『アリス』は、彩俐の知るアリスよりも少し大人びていて、笑う表情もどこか艶やかだった。
いつかアリスもこんな風になってしまうのだろうか、と、漠然と思う。そして、それを止められないのか、と。
時計塔の長い階段を降りながらぼんやりと空を仰いだ。今は昼の時間帯。雲一つない青が少し疎ましい。
――大好きな、水色のエプロンドレスの似合う親友は此処に居ない。
最初に向かったのは、帽子屋屋敷だった。城を避けたのは、ハートの騎士が居ないかも知れないからだ。
遊園地に行こうかとも思った。だけど、単純に演奏会が怖ろしくて、結局、選べる選択肢は限られていた。
見慣れた赤と青の門番が門前に居ない。またサボってるのかと溜息。否、此処に自分の知る人は居ない。
それでも、この場所を選んでしまった。
ブラッドやエリオットなら、他の軸の自分を通して気付いてくれるかも知れない。淡い願望に過ぎないけど。
バタバタと慌しい帽子屋屋敷の空気に足が止まる。「三月ウサギが現れたぞ!」と、耳を疑う構成員の声。
三月ウサギは帽子屋の腹心の部下だった筈だ。どうして、その彼が帽子屋屋敷と対立しているのだろう。
「我が帽子屋屋敷に何の用かな?」
「お嬢さん」と、声が聞こえる。真実を知ってしまう前に、引き返そうとしたが遅かった。声の先にはブラッド。
見た目だけなら変わらない。なのに違う人だと突き付けられた気がした。ブラッドはお嬢さんとは呼ばない。
「・・・知り合いが居ないかと思って」
「立ち寄ってみただけです」と、肩を竦めて笑った。そして、当たり前ながら此処に知り合いは居なかった。
それに対してブラッドは「そうか」と、短く答える。おそらく三月ウサギの出現に手古摺っているのだと思う。
「今は少し忙しくてね」と、溜息混じりにブラッドが言った。「客人をもてなせないのとは心苦しい限りだ」、と。
「また来なさい」
そして「次は歓迎しよう」と、社交辞令か言う。どういう状況か、聞く気にさえならなかった。聞くまでも無い。
真横を通り過ぎて行くブラッドを呼び止める事はしない。否、出来ない。目の前が真っ暗になりそうだった。
少しだけ期待していたのかも知れない。ブラッドならもしかして、と。それが愚かな考えだと理解していた。
この軸は自分の知る軸では無い。誰も彩俐を知らない。余所者は存在しない。この軸の余所者は彩俐だ。
否、今までだって余所者だった。ただ、純粋な余所者では無かっただけ。余所者はアリスだけなのだから。
(・・・次は、遊園地に行こうかな)
最後の賭け
ハートの城に行くよりも、遊園地のオーナーを訪ねた方がこの軸の実状を知る事が出来るような気がした。
知り合いが居ない事はもう分かっている。どこの領土に行っても、知っているけど知らない人ばかりだから。
「・・・ ・・・」
無意識にその名前を呟いていた。こんな時ばかり身勝手かも知れないが、今、一番に会いたいと思った。
それは彼が自分の案内人だからなのかは分からない。ただ、居場所も宛も分からない時の迷子が一人。
迷い続ける者には道を提示する者が必要だ。だから、会いたかった。たとえ深みに嵌まるだけだとしても。
勘を頼りに遊園地まで向かって愕然とした。そこには見慣れた賑やかな遊園地は存在しなかった。豪邸。
帽子屋屋敷よりも落ち着いた外観で格式の高さがよく分かる。そういえば、彼は侯爵だった。身分が高い。
こんな身元も知れない余所者を相手にするだろうか。否、彼がではない。そこに辿り着くまでの過程でだ。
仮に自分が侯爵邸の使用人だとしたら、たとえ余所者だとしても、自分の主人に会わせようとは思えない。
アリスのような淑女としての対応が出来る子ならどうだろう。だけど、自分は一般家庭に育ったに過ぎない。
下品だとは思わないが、上品だとは口が裂けても言えない。
「なあ、あんた!うちに何か用か?」
帽子屋に続いて侯爵邸から引き返そうとした瞬間に声が掛かった。その声の主を聞き間違える筈が無い。
「・・・ゴーランドさん」と、無意識に零れる。ゴーランドは首を傾げて「俺の事を知ってるのか?」と、尋ねた。
だが、言葉を交わし気付いたのだろう。「あんた・・・もしかして余所者か?」と、僅かに喜色の混じる表情。
「・・・一応」と、曖昧に濁すように笑って頭を下げる。侯爵服を纏うゴーランドはどことなく威厳を感じられた。
「そうか。俺は、ゴーランドだ」「あんたは?」と、相変わらず気さくな人。「・・・逢隈彩俐です」と、短く名乗る。
「この国のことを教えて欲しくて」
事情をある程度、話した。信用にたる人物なのかどうかは、別の軸を基準とするなら十分に満たしている。
仮にゴーランドが嘘を騙ったしても後悔は無い。全て話を終えた後、ゴーランドは考え込む動作を見せた。
そして、
「・・・つまり、あんたは元の軸に帰りたいんだな?」
帰る、という表現が正しいのかは分からない。だが、少なくともまだやり残した事があるから戻らなければ。
ゴーランドの言葉に小さく頷く。だが、この世界は甘い毒だ。知識も無く挑めばゲームに呑まれかねない。
それを避ける為に実状を知りたかった。それによって彩俐の行動もまた変わって来る。ある種、頼みの綱。
「まあ一応・・・・・いろいろ途中で放り出してきたから」
と、苦笑。本当に何もかも中途半端で放り出して来てしまった。あの後、果たしてアリスは無事だったのか。
きっと誰かが助けに来てくれていると思う。むしろ、そう信じたい。でなければ、あの道化に捕まってしまう。
「彩俐が居た軸だと『アリス』はまだ余所者なんだな」
どこか懐かしむようにゴーランドが言った。これで3人目。『アリス』を呼ぶ時、一様に皆ニュアンスが変える。
『アリス』が役持ちということはもう知っているが、その変化だけが解せない。敢えて、分けているみたいだ。
ゴーランドの言葉を肯定して疑問を投げ掛ける。「『アリス』は何の役なん?」、と。ゴーランドが肩を竦めた。
「アリスは『アリス』だ。・・・が、同時に『荊棘の女王』でもある」
そう言葉にしたゴーランドも納得しかねているようだった。アリスは『アリス』であり『荊棘の女王』である、と。
余所者で無くなってしまったアリスは個を失ってしまったのか。否、余所者という役もまだ残っているのか。
「余所者・・・では、無いんやな」
彩俐の言葉にゴーランドが「ああ」と、短く肯定する。どういう経緯で『アリス』は役持ちとなったのだろうか。
否、この国の住人になることを選んだ時点で必然なのかも知れない。「彩俐」と、不意に名前を呼ばれる。
視線を向けると、どこか真剣な眼差しでゴーランドがこちらを見ていた。「アリスが好きか?」と、聞かれた。
「嫌いじゃないよ」としか、答えられない。
好きだと言えば、今の『アリス』を否定しまう。だけど嫌いだと言うにはあまりに苦しい。大切な存在だから。
ゴーランドは言った。「女王ってのは孤独なもんだ」、と。それは果たしてどの女王を指す言葉なのだろう。
彩俐の知る女王は二人。
そのどちらも、どこか空虚で孤独を纏っていた。愛する者は居る。信用にたる部下だって存在する。だけど。
氷の女王も赤の女王も孤独だった。それを振り払う様に、一方は氷に閉じ込めて、一方は首斬りを好んだ。
ならばこの国に存在する3人目の女王もまた空虚を纏い孤独であっても可笑しく無い。否、彼女は孤独だ。
「この国の連中は『荊棘の女王』の孤独に呼び寄せられてんだ」
「どいつもこいつも歪だよ」と、ゴーランドが目を伏せて言った。ゲームに参加する事も儘ならないのだ、と。
最初から狂っているのにさらに狂った世界だ、と。ゲームが成立しない。何せ、カードが揃わないのだから。
帽子屋屋敷には三月ウサギが居ない。ハートの城には臣下が居ない。孤独な筈の時計屋に騎士が居る。
そして、この侯爵邸が一番カードが揃っている。否、むしろ揃い過ぎている。チェシャ猫は侯爵の飼い猫だ。
平等に配分されなければゲームは成立しない。だから、いつまで経ってもゲームは始まらず、価値が無い。
だから――終わりが訪れない。