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第二話。

状況把握と違和感。
懐かしい香りに少しだけ平静を取り戻します。






あれから時計塔に戻ってから暫らくの間、自分もだが、アリスも口を開こうという気はまるで起きなかった。
茫然自失とまではいかないが、やはり、ハートの城が無いという衝撃は大きい。脳裏を掠める領土の人達。
キングやビバルディ、ペーターやエース、そして、クアトロも居ない。否、そもそもハートの城が存在しない。


「ここは・・・どこなの?」


まるで迷子の目をしてアリスが呟くようにそう尋ねた。塔も見つからないし何だか構造が少しだけおかしい。
ジョーカーの国の時と何か違う。確かにユリウスはちゃんとそこにいるのに、まるで不安が拭い切れない。


――まるで知らない世界。


否、違う。此処に自分の知るユリウスが居ること自体がそもそもおかしいのだ。気付いて、また、動揺する。
ダイヤの国は確かに存在する。だけど、白の騎士なんて存在しなかった。否、それに該当する人は居た。
でもあくまでそれは『居た』という事実だけで明確な役として存在したわけではない。何もかもが可笑しい。


「今回の引っ越しでダイヤの国になった。
この国は過去と今が入り混じる・・・お前たちが知っている連中であっても、連中はお前たちを知らない」


ユリウスは小さく溜息を零した後、自分達にも理解できるように最低限度の噛み砕いた説明をしてくれた。
そして「・・・おそらく、お前達にとって暮らし難い国になるだろう」と、続けた。その言葉の真意は計りかねる。


確かに、そうかも知れない。


過去である時点で皆はアリスは勿論、彩俐も覚えていない。初対面。関係を一から作るのは骨が折れる。
そもそも出会ってすら居ないのだから知る筈も無くて、それは当然なのかも知れない。でもやっぱり酷だ。
どうせ零に戻すというならこちらの記憶もリセットすれば良いものを、幸か不幸か、こちらは全て覚えてる。


でも、それは――、


「・・・・・あんまりよ」


嘆くようなアリスの呟きに心の中で同意する。ユリウスの存在は間違いなく自分達にとっては救いだった。
きっとこの世界は暮らし難い。それはダイヤの城を訪問した時点で痛い程に理解した。だって既にきつい。


「おい」


先程から一言も話さない彩俐を気遣ったのか、ぶっきらぼうではあったがユリウスが声を掛けた。駄目だ。
それに対する答えをまだ持っていない。おそらく、今回の引っ越しで一番動揺しているのは自分だと思う。


否、


―――違う。いつだって、そうだった。虚勢を張ることは苦ではないし、それを悟られない術は持っている。
ユリウスが居なくなった時も、アリスが監獄に囚われてしまうかも知れない時も、白昼夢の世界でだって。
いつだって迷っている自分を認めたくなかった。目を背けて、誤魔化しているだけ。触れないと知っている。


――誰も。


この世界の人達は優しい。気付いて欲しくて、でも、触れないで欲しい場所には決して触れないでくれる。
だから安心して虚勢を張ることが出来たし、自身の防衛線を保つ事が出来た。踏み込むのはひとりだけ。
いつだって許しても居ないのに勝手に踏み込んで来る無粋な輩。だけどそれを拒むことは出来なかった。
否、勝手に踏み込むその無粋な存在こそをずっと望んでいた。それを受け入れることは出来ないけれど。


でも、


「・・・・・いいひんかった」


誰が、とは言わない。いつになく覇気の感じられないその呟きに、ユリウスは溜息混じりに距離を詰めた。
くしゃりと大きな手が髪を撫でた。特徴的な機械油の臭い。その手に頭を撫でられることは嫌いではない。


でも、違う。


確かにユリウスの手は大好きだ。本人は汚れた手だと言うけれど、新たに生み出すその手はとても好き。
だけど、今自分が一番に欲しいと望むのはこの手では無い。それを自覚して、また胸の奥が小さく燻った。
いつしか、かつて飼い慣らそうとしていた犬に愛着を持ってしまっていたらしい。どうにも何か物足らない。


(・・・・・駄犬)


内心 毒吐く


「・・・・・」。宥めるかのように頭を撫でるユリウスの手の感覚に目を細める。嘘吐き。傍に居ると言ったのに。
やっぱり駄犬は駄犬だ。本来の飼い主が現れても結局のところ躾の仕様がない。どうしようもない馬鹿犬。
手元に残さなくて良かった。ただでさえ持て余しているというのに、もしも、今も手元に残してなんていたら。


 


「・・・ハートの城が無かったの。ペーターも居なくて・・・ビバルディや、エースだって・・・」


ぽつり、アリスが呟いた。そこには自分達の慣れ親しんだハートの城は存在しなかった、と。誰も居ない。
ペーターそっくりのシドニー=ブラックという黒うさぎ。そして、名前も知らないエースと似て非なるその人物。
そこはまるで知らない場所だった。それが、自分にとっても、アリスにとっても。堪らなく怖ろしく感じさせた。


「あそこは今、ダイヤの城になっている。お前達が会ったのは宰相の黒ウサギと白の騎士・・・ジャックだろう」


「・・・女王に会わなくて良かったな」と、場を宥めようと珈琲を淹れに席を立っていたユリウスが口を開いた。
そしてテーブルにカップを3つ置いた。淡々としたユリウスの口調が焦るばかりの心を落ち着かせてくれる。


「・・・会わんくて良かったって?」


ビバルディでは無い、このダイヤの国の女王。その彼女に"会わなくて良かった"と表現したのは何故か。
言うまでも無く女王の悪癖だ。ダイヤの女王・クリスタ=スノーピジョンは変わったものを集めるのが好き。
ただ好きなだけなら可愛いものを、逃げてしまわないように氷漬けにするのだから性質が悪い。悪趣味だ。


「女王の悪癖だ。変わったものを氷漬けにして手元に置きたがるのだから性質が悪い」


苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべてユリウスはそう語った。「氷漬け・・・」。アリスの顔が引き攣る。
すぐに斬首を命じることも問題だが、コレクターというのも問題がある。この世界にまともな女王は居ない。
「・・・濃いな」。思わず呟く。別に珈琲が苦いわけではない。ダイヤの城もハートの城に負けず劣らず濃い。


ダイヤの国は領土が細分化されているらしい。時計塔、ダイヤの城、駅、帽子屋領、墓守領が主な領土。
そして、またしてもJabBerWoCkyは無い。二度目だから慣れっこだが、毎度、自店に弾かれていると凹む。


とは言え、それを嘆くのは後だ。


この国には今までに無かった領土が幾つか存在する。というか、既に知っているダイヤの国では無かった。
細かい分、線引きを誤れば自ら危険の中に飛び込む羽目になりかねない。流石にそれは避けたいところ。
独身ならまだしもアリスが居るのだ。その点で言えばユリウスが居てくれるということはとても心強かった。


まず、ダイヤの城。


収集家ダイヤの女王・クリスタ=スノーピジョンと宰相の黒うさぎ・シドニーブラック。そして白騎士・ジャック。
そういえばジャックはあの時、自分達の存在を『時計屋』から聞いたと言ってたが、知り合いなのだろうか。


が、それはさておき――。


次に、墓守領。


美術館館長と兼任して墓守頭をしているらしいジェリコ=バミューダは既に『死人』と呼ばれる存在である。
そして彼はマフィアのボスという一面も持っていて、現在、勢力拡大中の帽子屋ファミリーと抗争している。


次いで、帽子屋領。


ここは言わずもがな。イカレ帽子屋・ブラッド=デュプレと、その右腕である三月ウサギ・エリオット=マーチ。
そしてブラッディツインズ・トゥイードル=ディーとダム。確かダイヤの国の帽子屋はかなり不安定だった筈。


――出来れば関わりたくない、かな。


そして、時計塔と駅。


時計塔の近くには駅が存在していて、その周辺は数少ない中立地帯らしい。駅長はやはり子ナイトメアだ。
確かにこれで仮に大人ナイトメアだったら締め上げて状況説明をさせるところだ。否、知らないから無理か。


 


「興味があるなら、後で行ってみたらどうだ?あそこも一応は私の領土内だからな」


だから、敵意さえ向けなければある程度の保証される。しかし、時計塔の外だとユリウスの力は及ばない。
が、それでも口添えはしてくれるのだろう。やはり、どこまでもユリウス=モンレーは保護者的立ち位置だ。


ただ、領土内といっても少し複雑であるらしい。


ダイヤの国の中立地帯である此処は時計塔を含めて4人の領主が存在するのだとか。んな無茶苦茶な。
1人は居ても居なくても変わらない「関わるな」と、強調された。もう一人は、慣れるまでが厄介なのだとか。
言うまでも無いかもしれないが時計屋・ユリウス=モンレー。そして、最後の領土を聞いた時、耳を疑った。


「JabBerWoCkyがあるの・・・?」


まさか、あるとは思っていなかったから驚きが隠せない。アリスが遠慮がちに尋ねた。存在はするらしい。
だが自分達のJabBerWoCkyとは大きく様相が異なる。当たり前だろう。それはよろづ屋になる前身なのだ。
ジャバウォック・ラルゴ=ソファの営む喫茶店がそうなのだとか。複数人が集まった役持ちじゃない。一人。


「ファソラの・・・お父さん、かな?」


不意に脳裏を掠めたのはクローバーの国で出会った少女。両親にマフィアを殺され、自身も縛られていた。
「知っているのか?」と、ユリウスが尋ねる。可笑しなことを言う。ユリウスだってジョーカーの国で会った筈。


――違和感を感じた。


どうして、ユリウスはファソラのことを知らないのだろう。
どうして、アリスはユリウスがファソラと会っていることを疑問に思わないのだろう。


――今は触れないでおく。


「そりゃ、うちの従業員やもん」


「それに、とても優秀なのよ」と、したり顔で自慢する彩俐にアリスが言葉を付け足した。ファソラは優秀だ。
それはもう帽子屋ファミリーに渡すのを惜しむほど優秀な子なのだ。JabBerWoCkyの数ある宝物のひとつ。


JabBerWoCky。


領土とはほど遠い、中立地帯に存在する小さな店。役持ち役無し問わず何でも仕事を請け負う何でも屋。
寄せ集めで一つの役持ちにカウントされる規格外。そして、ワンダーワルドにそぐわないナンセンスな店だ。
従業員もバラバラ。店の責任者は余所者と、どこまでもナンセンス。彩俐にもアリスにとっても大切な場所。


「・・・よく手懐けたな」


ユリウスが呟く。その言葉に出会いを思い出して肩を竦めてにが笑った。言葉は好かないが否定はしない。
距離を縮めるまでが本当に大変だったけれど、それも今は良き思い出だ。痛いのは好きではないけれど。


ともあれ、現在分かっていることは、自由に動けるのは時計塔を中心とした駅やJabBerWoCkyだけらしい。
それ以外の場所となるとユリウスの手の及ばない領域。否、無理をすればおそらくはどうとでもなるだろう。
ユリウスは強い力を保持した役持ち内でも高位なのだから。だけど、流石にそんなに迷惑は掛けられない。

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