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ハートの国編・第一話。

※夢主視点で物語が進みます。







忘れたかったわけじゃない。

否、忘れたいと思うほどに苦痛に思ったことは否定しない。


でも、忘れるなんてあり得ない。


だって、それは『私』を失わせるようなものだから。


嗚呼、だからなのか。


(だから・・・・・私は、忘れてしまいたかった)


消し去りたかった


塗り潰して、葬ってしまいたかったのは―――


空言ラプソディー


 


「あなたも余所者なのね」


同類を見つけてどこか嬉しそうな、だが、少しだけ複雑な心境を押し隠すことが出来ぬまま彼女は言った。
淑女と呼ぶに相応しい動作で「アリス=リデルよ」と、名乗ってくれた。綺麗なサラサラの金髪に空色の瞳。
アリスは自分をごく普通だと表現するが普通に可愛い。一般にその言葉を吐いたら喧嘩を売る様なもの。


性格に関しては、決して良いとは言い難い。が、それはそれで可愛らしいと思うのだけど贔屓目だろうか。
この物語の主人公であるアリスとの出会いはファン的な意味合いで嬉しい反面、少しだけ複雑な気分だ。
彼女がこれから徐々に変わっていくさまを目の当たりにするのだから当然だろう。アリスは変わってしまう。


――たとえ彼女が望んでも望まなくても。


 


「逢隈彩俐です。よろしく、アリス」


とは言え、それを最後まで見届けるつもりは無いけれども。私は曖昧に笑顔を作って、そう応えた。アリス。
他人を呼ぶ時は後に何らかの敬称を付けるのが癖になっている為、呼び捨てには少しだけ躊躇いがある。
だが、郷に入らば郷に従え。基本的に海外は呼び捨てが主流だ。落ち着かないが慣れるしかないだろう。


「彩俐ね?こちらこそ、よろしく」


と、アリスは綺麗に笑って手を差し出した。その手をこれまた遠慮がちに握り返す。傷一つない綺麗な手。
私よりは大きいけれど、それでも小さくて柔らかい女の子の手だ。守ってあげたくなるような・・・そんな感じ。
そりゃモテる筈だ。自分がもし男だったとしたら絶対に放っておかないと思う。放っておく男なんて馬鹿だ。


一体何の因果か余所者としてこの世界に来てしまった。別に時間を止めたいと願ったわけじゃないのに。
戻り方が不明である以上、滞在場所をさっさと決めて、戻る算段を立てなければ。早くあそこに戻らないと。
別にあの世界に愛着があるわけではない。だけど、私はあの世界で生を受け、あの世界に育まれたから。


だから、


あそこで生きる以外の術なんて知らない。死ねないから。死んだらいけない、生きるしかないから。だから。
早く、あの世界に戻らなければ――義務ばかりで嫌な世界だけれど、あの世界でしか私は生きられない。


「彩俐はどこに滞在するつもりなの?」


そう聞かれて少しばかり返答に困った。まだハートの国に来て間もないから、どこの領土も回れていない。
それにアリスみたいに気に入られるという保証はどこにもない。不確定要素ばかりで不用意には動けない。
下手をすれば命の危険に晒される確率の方が高いのにどうして危険な場所に行かなくてはならないのか。


「・・・宿にでも住まわせてもらおうかなぁ」


と、冗談混じり、半分本気で呟く。確信がないことに無鉄砲に突っ込むくらいなら無難な道を選ぶ方が良い。
まあ宿に住まわせてもらえるかすら怪しいのだが。「アリスはどこに住んでんの?」と、興味本位で尋ねる。
「ハートの城よ」とアリスが答える。ハートの女王・ビバルディに気に入られそのまま滞在が決まったらしい。


アリスは、彼女を最も愛する白ウサギの庇護下に居るらしい。この言い方をすればアリスは絶対否定する。
だけど、寄る辺のない余所者にとって己の案内人に頼ることが一番安全が保障されると思う。案内人、か。
実際にアリスは危険に見舞われることもなくそれなりに安全にこの世界を満喫できているのが良い証拠だ。


「彩俐も城に来たらいいじゃない」


提案してくれるが、それは無理だ。できる限り穏便に過ごしたい私としては宰相殿の不評は買いたくない。
それに女王陛下を飽きさせない自信だって全然ない。ちっぽけであろうとも、私は自分の命が惜しいから。
だから危険なところに首を突っ込もうとは思わない。というのは建前で、いや、実際あまり関わりたくない。


が、それ以上に関わりたくない要因がある。


彼のことはキャラとしては好きだが、生身の存在としては絶対に関わりたくない。今だってびくびくしている。
この時計塔は彼の行動圏内だ。もし遭遇したらどうしようかと内心恐々としてる。嫌いというわけではない。
だけど最大限出来得る限り関わり合いたくない。苦手なんだと思う。キャラとしては割と好きなんだけどな。


「いやいや・・・城なんて高貴過ぎて、私にはちょっと敷居が高いかなぁ」


と、適当に笑って誤魔化す。それなら帽子屋屋敷の方がまだ、いや、あそこはあそこで行きたくないけど。
マフィアのアジトが生活の拠点なんてどう考えても血迷い過ぎだ。・・・そりゃ少しくらいは紅茶に惹かれた。
でも、堅実かつ無難に生きるつもりなら端から選択肢から除外される。遊園地は楽しそうではあるけれど。


常に生活する場所には不適切――騒々し過ぎる。


本当は時計塔みたいに静かな場所が一番好きだ。静寂の中に居たら余計な雑念が入り混じってくるけど。
それでも心を落ち着かせることが出来るのは静かな場所だと思う。だから本音を言うと此処に滞在したい。
が、それは家主殿が認めない。私としても家主が嫌がるのに無理を通す気は無いし、そんな権利も無い。


「・・・・・」


ほんの少しだけ期待を込めてちらりと時計屋さんに目を向ける。案の定、こちらに意識を向ける事は無い。
黙々と作業に集中するその姿に肩を竦め笑った。そもそも話に参加しない時点でそれが彼の意志だろう。


まあそれが正しい形だ。


時計屋は関与しない。アリスが時折遊びに来る場所であるべき。他の余所者を住ませるなんておかしい。
特別扱いされない事にホッとする。ただでさえ異世界トリップなんて珍妙な出来事に巻き込まれてるのに。
更には特別扱いなんてされてみろ。気持ち悪くて仕方がない。居ても居なくても良い存在が妥当だと思う。


「でも!ビバルディも城の皆も良い人達よ?そりゃ、ちょっと癖は強いけど・・・」


城を明らかに避けているのは先の言動で察したらしい。意地みたく反論したのは誤解を解きたかったから。
確かに私も城が嫌いというわけではない。厳密に『いい人』と言うには疑問だが、根っからの悪人でもない。
でもね?ただでさえ強烈な個性を放つ中にひと癖を加えたら、それは加工工程における事故でしかない。
アリスみたいに自然と溶け込めるならまだしも、私が混じった場合、波乱の予感しかしない。うん。大波乱。


「アリスの提案は嬉しいんやけど・・・・できるだけ、他の人に迷惑かけたくないんよね」


もちろん時計屋さんにだって迷惑かけたいわけじゃない。誰かに迷惑掛けて許される程の上役ではない。
だから出来得る限り人畜無害な存在で居たい。あくまで自分が此処で生きやすいようにするのなら、尚更。
その言葉にアリスは「べつに迷惑なんかじゃないわよ」と、少しだけ眉を顰めた。言葉はきついが優しい子。


「ありがとう」と、上辺だけの笑顔で返す。


優しくて、酷い子。そんな風に優しくされたところで、私が彼女に返せるものなんて何一つ無いというのに。
それなのに、気付くこともなく際限ない優しさを振り撒くのだから酷い子。自分を突き付けられてる気分だ。
アリス=リデルという女の子が嫌いなわけじゃない。むしろ好ましい。だけど、同時に妬ましい。醜い自分。
比べて、そして相手を妬む醜さ。そう心の片隅で思った瞬間、私はアリスの傍にいるべきでないと思った。


「まあ・・・とりあえず、なるようになるって。落ち着いたらまた、アリスのところに寄せてもらうわ」


いくら考えても答えは変わらない。アリスは何か言いたげだったけど、それに気付かないフリの姿勢を貫く。
最後に一応、時計屋さんにお礼を言おうと振り返った。が、相変わらず修理に集中していて声をかけ辛い。
こちらに気付いているかすら怪しいが集中力を切らせるのも悪い。頭を下げるだけに留めて時計塔を出た。


たぶんこの世界の在り方を知るのにきっとまた此処を訪れる必要が出て来る。だから礼はその時にしよう。
長い階段をうんざりとした気分で降りながらぼんやり空を見上げると昼だからだろうか、青々とした空模様。
次に時間帯が変わるのはいつか知らないが、滞在場所が決まるまでは昼のままで居て欲しいなと思った。

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