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ハートの国編・第二話。
帽子屋屋敷に出荷。
あれから夜が訪れ、夕方が2回続き、昼と夜が三回ずつ。それなりの時間が過ぎて滞在地に少し慣れた。
有り難い事にこの世界は昼夜の寒暖差があまりない。それ故にこの生活に慣れる事が出来たのだと思う。
最初はダンボールを使った寝起きに抵抗があったのだが親切な住人さん達がダンボールを恵んでくれた。
それがなければ今の生活さえ成立しなかった事を思うと人の温もりとはやはり何事にも換え難いと思った。
「こんにちは」
と、隣のおじさんに声を掛ける。するとおじさんは顔をくしゃくしゃにして微笑みながら挨拶を返してくれた。
と言っても、彼は役無しさんだから顔は無いのだが過ごす時間が長ければ何となく見えて来るものがある。
おじさんは謂わば恩人。宿に断られて行き場を無くして途方にくれる私に声をかけてくれたのが彼だった。
あまりに空腹でそこらの草に手を伸ばし掛けていた私に、彼はそっとパンを一切れ差し出してくれたのだ。
そして優しく微笑み「それを食べると腹を下すよ」と、教えてくれたおじさんはまるで神様みたいだと思った。
深く言及はせずホームレスのいろはを教えてくれた上にダンボールを提供してくれたのもおじさんである。
おじさんには私くらいのお孫さんがいたらしい。だからつい世話したくなったんだ、とこないだ教えてくれた。
「彩俐。今日は仕事かい?」
そう尋ねられて私は笑って頷いた。ようやくこの世界での勝手を覚え始めた私は今、何でも屋をしている。
何でも屋と言えば聞こえは良いが、日銭を稼ぐのに仕事を選んではいられないというのが正しい言い分だ。
仕事を選ばないということは厄介事に首を突っ込む可能性もあるが、今のところ巻き込まれたことは無い。
「今日はねー・・・あー、うん。・・・・・帽子屋屋敷に紅茶運び、だって」
仕事の内容の書かれた紙に目を通して、思わず天を仰いだ。終わったな、私。もっと確認すれば良かった。
なんで選りにも選って帽子屋屋敷関連の依頼を受けたのだろう。これからは仕事のメモはちゃんと見よう。
「・・・・・気を付けていくんだよ?」
帽子屋屋敷という単語を聞いておじさんが眉を顰めた。それを安心させる様に「大丈夫」と、笑ってみせる。
まあ双子と遭遇しなければ危険度は下がる筈。あ、あの自称・犬の三月ウサギさんに会うのも宜しくない。
でもまあ紅茶関連だし。ほら流石に帽子屋殿も紅茶の運搬係を死なせるような軽率な真似はしないだろう。
・・・・・おかしい。
今、なぜか自分でフラグを立てたような気がした。
まだ心配そうな顔をしているおじさんに手を振りながら、依頼品を取りに紅茶専門店にのんびり向かった。
そこで遭遇したのは意外な人物だった。意外性があり過ぎて開けた瞬間、反射的にドアを閉め掛けた位。
内心かなりビク付いたものの、平静を装い目を合わせない様に見なかったフリをしてスタッフに声を掛けた。
「こんにちはー!何でも屋です!」
営業スマイルは仕事における必需品。明るく挨拶は基本。が、その瞬間、別の方の熱い視線まで頂いた。
だが、敢えて気付かないフリをして一切そちらには目を向けない。私は何も見てない。まだ見られてるけど。
「ああ、ありがとう。品はあそこに置いてあるからよろしくね~」
何となく緩い印象を受けるスタッフの言葉に軽く挨拶を返した。そして差された方向に目を向け絶句する。
何往復させる気ですか。山積みにされたダンボールを見て目眩を覚えた。軽く見積もっても3・40箱はある。
ちなみに一度位置関係を確認してみよう!専門店は時計塔広場にある。そして、向かう先は帽子屋領だ。
「・・・・・いや、あの、滑車とかないんですか?」
幾らなんでも女の子にこのダンボール全部運べとか鬼畜の所業じゃないですか。チリも積もれば何とやら。
無理だって。無理だよムリムリ。笑顔が引き攣り掛けるのを懸命に堪えてそう尋ねればスタッフさんも笑顔。
「ああ、ごめん。いま壊れちゃってるんだよねー」。めっちゃイイ笑顔。笑顔で死刑宣告出してきたよこの人。
「ちょっと大変かも知れないけど頑張ってね~」
給料は弾むから、とのこと。確かに弾んで貰えるのは嬉しいが、だからって終わる量なのだろうかこいつら。
「・・・ひとりですか?」と、嫌な予感を覚えつつ尋ねるとスタッフは笑顔で「皆、嫌がっちゃってさ」と、笑った。
――私だって嫌だよ!!
「でもこれ・・・一人で運べる量じゃないですよね?」
百歩譲って皆が嫌がったのは良いとしよう。でも、だからってこの量を一人で運べなんて仕事にならない。
にも関わらず、その仕事を女である私に任せるのが解せない。というか、これを運べなんて鬼畜の所業だ。
スタッフは少し考えた後に困った様に「帽子屋様に君の話をしたら興味持っちゃったみたいでさ」とのこと。
帽子屋・ブラッド=デュプレはこの店の常連客らしい。どういう経緯でその話になったのかは知らないけど。
常連客だからってあっさり人の情報売ってんじゃねーよ?と、言いたいのをグッと堪え言葉の続きを待つ。
「君が最初のを届けた後は人を出してくれるらしいから・・・ラクになるよ」とのこと。そういう問題じゃないし。
ラクになる以前にそれ私が単なる人身御供ですやん。帽子屋屋敷に献上されてますやん。メインどっちよ。
いや、相手が帽子屋さんなだけにメインはきっと紅茶の茶葉なのだろうけれども。にしても、想定外だった。
隠しているというわけじゃないけどまさか帽子屋領に気付かれるとは。どこまでバレてるのか知らないが。
「それはなんじゃ?」
不意に声が聞こえたかと思いきや、そちらに目を向けて焦った。見ないようにしていたが、寄って来るとは。
お忍びのハートの女王様がダンボールに興味を示している。否、ダンボールというか、その中身だけれど。
「ああコレ新しく入荷した限定ものなんですよ」と、スタッフの言葉。ねえ、それ話すのちょっと拙く無いかな。
「帽子屋様から依頼を受けてましてねー、ようやく手に入った品なんですよー」
だからそれ火に油だって!これから帽子屋領に納品するのに拙過ぎるだろうに。女王様が興味津津だよ!
「ほぉ・・・」と、薄ら妖艶な笑みを浮かべた女王陛下に嫌な予感しかしない。女王陛下は紅茶がお好きだ。
そして、目の前の荷物は限定ものの茶葉。それも今から帽子屋領に搬送される。敵対する領土へと、だ。
フラグだよねー!普通にフラグだよね!!
中立領土の役無しにはあまり関係ないのかも知れないが、明らかにそれは横取りフラグでしかないだろう。
不意に女王陛下の目がこちらに向けられてドキリとする。見目麗しい女性。いや、理由はそうじゃないけど。
別に隠しているというわけではない。だけど、二人目の余所者としてあまり目立ちたくないというのは事実。
知り合いの役無しさんは私が余所者であっても変わらず接してくれるが、あくまでそれは一部に過ぎない。
「むしろ身近に感じられて親しみ易い」なんて光栄な言葉を貰った時は少しだけ胸が熱くなったのは内緒。
と、それはさておいて私は現状に満足している。だから、役持ちに目を付けられるのは少しばかり厄介だ。
「・・・・・」
紅茶狂いの帽子屋さんに、これまた、紅茶がお好きな女王陛下。厄介な姉弟に目を付けられてしまった。
スタッフが気を効かせて話題を変えてくれた。というか、紅茶の宣伝をゴリ押したというべきか。強引だな。
それを少しばかり煩わしそうに、だけど話に興味が惹かれるのか完全にこちらに集中出来ない女王陛下。
こちらも気になるようだが、華麗なるセールストークから抜け出せないのだろう。スタッフさんマジ流石です。
やるときはやってくれる!彼が犠牲になってくれてる間に私はダンボールをひと箱抱えてそっと店を出た。
ちなみにこの場合、犠牲者は女王陛下もしくは茶葉を横取りされかけている帽子屋さんなのかも知れない。
あ~・・・・私、無事に戻って来れるのかな。