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第一話。

時は巡り、盤上は移り変わる。
再会と離別。



この世界に来て二度目の引っ越しが起こった。アリスと再会した時、アリスは酷く動揺していたように思う。
夢か現かも分からない。だけど目の前でペーターが消えてしまった、と、動揺を隠せずにアリスは呟いた。
そんなアリスの背中を撫でながら努めて冷静に状況把握を試みる。時系列でいけば此処はダイヤの国だ。
物語を知っているということはこういう時に役に立つ。自分はまだ平静を保っているのだと、少し安心する。


前の引っ越し――、


ハートの国からクローバーの国に引っ越した時よりも案外落ち着いている。あの頃はかなり不安定だった。
遊園地と時計塔が消えてしまった。時計塔で寝泊まりしていた自分達はクローバーの塔に取り残された。


それはつまり、この世界でいうところの『弾かれた』ことを指す。住居の時計塔から、職場だった店からも。
途方に暮れていたところをナイトメアの計らいでクローバーの塔に身を寄せさせて貰っていた。だけど違う。
根本的に足りないものがあった。失くしてしまったものを思い出せず行く宛ても無くずっと迷い続けていた。


ユリウスが居ない。


JabBerWoCkyの店が存在しない。


たったそれだけ。それだけの事なのにあの時ほど居なくなった人達の存在感を思い知らされたことはない。
永遠に会えない喪失とはまた違う。時が巡ればまた会えると知っている。だけど会えなければ同じだった。
それは思っていたよりもずっと、寂しいことだった。だけど、そんな募る寂しさを受け入れられなかったのだ。


あのとき、どうして会えないことをそんなにも寂しがるのか、その理由ですら忘れてしまっていたのだから。
己の中で膨らみ続ける疑問を吐き出す場所が見つからなかった。理由が無かった。だから認められない。
認められない心とは裏腹に募る寂しさを持て余して、迷って、そして辿り着いた先があった。認めないけど。
今はまだゲームを終わらせたくは無いから認めたりはしないけれど。だけど、手放すことが出来なくなった。


そして時は巡り、盤上は移り変わってうそつきの季節が訪れた。同時に離れ離れの皆と再会を果たした。
「時が巡ればまた一緒になる日も来る」。自分と彼の関係を懇々と諭したその人は頭を撫でてそう言った。
離れてしまうことは寂しかったけれど『また一緒になる』と言われたことが、再会を望む言葉が嬉しかった。


自分にとってもアリスにとっても大切に思う誰かが欠けるということはルール上であっても苦痛でしかない。
だから『また会える』という言葉はある意味で福音だった。が、その言葉に夢中になって失念していたのだ。
一つの国に存在出来る役持ちは時計盤の数と同じで12人だけ。知り合いは15人。今が例外的なのだ、と。


――忘れていた。


大切な誰かとの再会は、また別の大切な誰かとの離別なのだ、と。


 


そして、二度目の引っ越し――。


ほんの少し前にまた地殻変動の地震が起こった。大きなキノコの生えた森に辿り着くとアリスと再会した。
アリスは酷く動揺していてどこか危うさを感じた。理由を尋ねれば、目の前でペーターが消えたのだという。
その詳細は彼女自身あまり思い出したくないのか話してくれなかった。しかし何となく察したから構わない。


かくいう自分はナイトメアとドアの森に散歩に来ていたから然程の驚きは無い。親切心から予告があった。
さもなければ下手を打つと前回の二の舞を踏みかねなかった。アリスを落ち着かせるように背中を撫でる。
そして、取り敢えずナイトメアの居る塔に向かおうと決めて二人でクローバーの塔を探したが見当たらない。


が、代わりに見慣れた建物を見つけた。


自然と歩調が早くなる。あの独特の様式を持った建物を見て少しだけ心が弾む。長い階段も苦にならない。
作業場のドアを開けた時、懐かしい珈琲の香りが鼻腔を擽る。そして、顔を上げたその人もまた懐かしい。
どちらが先だったのかはあまり覚えてない。ほぼ同時に動き出して、遠慮もせずにユリウスに飛びついた。
面食らったユリウスだったが支えようとする。が、流石に二人分の体重を支え切れる筈もなく盛大に尻餅。


「何なんだ一体・・・!」


いきなりタックルをかまされたらそんな声でも出る。声を荒げたユリウスに反省の色はあれど止められない。
そう、仕方ないのだ。こればかりは甘えやすいユリウスがいけない。やっと会えたんだ。ずっと待っていた。
待ち焦がれてやっと、またユリウスと同じ盤上に立てた。最初に面倒を見てくれたユリウスは家族同然だ。


――掛け替えのない存在だと思う。


だが、その再会に対して少し有頂天になり過ぎていたのだと思う。後の事をまるで考えていなかったのだ。
否、ユリウスとの再会で薄々察してはいたけど考えたくなかったのだ。今はまだ再会に浸っていたかった。
それに甘んじたのがいけなかったのかも知れない。もう少し冷静で居られたらきっと狂ってしまわなかった。


「ユリウスが戻って来た事、エースに教えてあげないとね」


ユリウスを床に押し倒したまま、ふと思い出した様にアリスが口にする。それに同意するように小さく頷く。
確かにハートの騎士・エースもユリウスにずっと会いたがっていた一人だ。彼とユリウスは、親友だから。
クローバーの国になって離れた時、たぶん一番荒れていたのはエースだと思う。否、実際に荒れていた。


クローバーの国の頃はグレイやピアスをはじめとした色んな人に対し躊躇いも無く八つ当たりをしていた。
それに見兼ねたというのは建前で寂しさを紛らわせようとJabBerWoCkyに招き入れたら、盛大に拗れた。
まあ拗れた理由に関しては一概にエースだけ責めることは出来ないけれど。出来れば思い出したくない。


「・・・じゃあ、ユリウス」


「行ってきます」。少し歯痒くてはにかんだ笑みを浮かべる。拙い言葉ではあるが「・・・ああ」と、短い応答。
そんな些細なやり取りに安堵する。きっとユリウスの帰還を知ればハートの国の頃みたいにマシになる筈。
そしてアリスに手を引かれながらハートの城に向かった。見送るユリウスの複雑そうな顔に気付きもせず。


 


「城が・・・」


茫然とアリスが呟いた。そこは自分達の知るハートの城では無かった。ハートのデザインが見当たらない。
それどころか色さえ異なる。赤と白の色調では無く黄と白の色調。いまさらだが何となく嫌な予感を覚えた。


「・・・アリス、」


考えるよりも先に無意識にアリスの手を掴んでいた。掴んだアリスの手は可哀相なくらい小さく震えている。
ハートの城が無い。その意味するところを察したのだろう。夢と信じたかった悪夢がフラッシュバックする。


――一刻も早く、この場を離れなければ。


それは何もアリスだけのためではない。自分にとってもこの場に長居することは賢明な判断とは言えない。
直感的にそう思って足を一歩引こうとした。が、足が上手く動いてくれない。踏み出した膝が微かに笑った。


(・・・わかってる)


もう 充分


現状に動揺してるのは何もアリスだけではない。この手の微かな震えは決してアリスだけのものじゃない。
だとしても今は動かなければ。自分が何を失くしてしまったのか考えるよりも先に、この場を離れなければ。


―――が居ないという事実を、受け入れてしまう前に。


「ア「待ちなさい」」


脳裏を掠めたのは目が痛む鮮明な赤。それが飛沫の様に散っていく。振り払うようにアリスを呼ぼうとした。
が、それに重ねるように別の声が響いた。静かなその声に何となくペーターを思い出した。大事な案内人。


「ペー、ター・・・?」と、たどたどしい声でアリスが呟いた。きっと、何でも良いから縋りたかったのだと思う。
アリスだって分かっている筈だ。この声の主が自身の案内人のものではないこと。だってずっと傍に居た。
恋では無いけど、恋という言葉では括れない程に大切な存在。それでも尋ねずにはいられなかったのだ。


だって――その話し方だとまるで、ペーターみたいじゃないか。


「違いますよ。・・・私はシドニー=ブラックだ。白ウサギなんかと一緒にしないでくれないか」


でも全然違う。それは酷く冷たい声だった。否、単調だった。確かに彼はペーターでは無い。まず色が違う。
だけどやはり似ている。それは例えば役無しの兵士やメイドと言葉を交わす時の無感情な彼そのものだ。
「・・・余所者か」と、忌々しそうにオッドアイをこちらに向ける。快く思ってない事は言うまでも無く明白だった。


「行こう。アリス」


だけど逆に良かった。いつの間にか震えは止み、冷静な声で時計塔に戻ろうとアリスに促すことができた。
彼の元に戻って一度落ち付こう。状況把握が出来ていない今、この場所に残るのは賢明な判断ではない。
大丈夫。ユリウスが居るから。「彩俐・・・」と、不安そうな表情を浮かべるアリスに笑顔を取り繕って見せた。


が、


ただほんの少しだけ、いつも通りに笑えていなかったかも知れない。ちゃんと笑えている自信が無かった。
引っ越しが起こって次の盤上がダイヤの国だと知っていた。ペーターが消えてしまうことだって知っていた。
ハートの城が無くなって、親しい友人達がほとんど居なくなってしまうことだってちゃんと分かっていたんだ。


でもね。


やっぱり、どうしようもないくらいに動揺していた。馬鹿だなって分かってる。分かってるけど、止められない。
これ以上、考えてはいけないって分かってる。だって、分かり切っていることじゃないか。分かってたことだ。
だって、ハートの城が無いと言うことは、ペーターが居ないということは、ダイヤの国ということは、つまり。


「あれ?シドニーさんどうしたんだ?」


時計塔に戻ろうと足を踏み出した瞬間、背後で暢気な声が聞こえた。今度こそアリスが小さく声を漏らした。
(やめて)もう良い。それ以上は、言わなくて良い。確かにその間の抜けた声は、否応でも彼を連想させる。


だけど、違う。


「エー「ちゃうやろ」」


振り返って、その姿を視認したアリスが困惑した様にその名前を呼ぼうした。振り返る気はまるで起きない。
ただ一言、切り捨てるように言葉を重ねる。目の前のシドニー=ブラックは白ウサギでは無い。だとしたら。
答えは一つしかない。彼は、此処には居ない。だって、居るわけないじゃないか。ハートの城が無いのに。


――ハートの騎士が。


「・・・・・悪いけど、退いてくれへん?あなた方に用は無いんで」


いつ移動したのか、その人は正面に回り込んでいた。見たくも無かった姿を捉えて冷やかに吐き捨てた。
自分でもいつにも増して余裕の無い攻撃的な口調だと思った。だけども、我慢できなかった。気分が悪い。


「彩俐!?」


愛想もへったくれもなく取り付く島も無い言動にアリスが困惑を見せる。確かにありえない程に余裕がない。
でもこれ以上、この場所に留まって居たくない。そして、その気持ちは目の前の人物を見て尚のこと募る。
無意味だ。此処に在るべきものが無くて、その在るべき場所で迎えてくれる人達が居ないというのならば。


「あぁ、きみたちが余所者君達か。時計屋さんに聞いてるよ」


納得したように手を打ち、エースと瓜二つの容姿を持った彼は言った。否、本人と見間違う程に似ている。
あまつさえどこまでもエースによく似た口調。嗚呼、だからこんなにも苛立つのかも知れない。不愉快だ。
これ以上は耳に入れたく無くてアリスの手を半ば強引に引いてその場所を去った。彼は小さく笑っていた。


 

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