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 【01.霧招く邂逅】


公園で一人、ブランコに乗って遊んでいた時の事だった。時計台を見ると間も無く迎えの時刻だ。
そろそろ母が迎えに来るのを悟った彩俐は今度は母の姿を待ち焦がれた。もうすぐ迎えに来る。
彩俐は公園で遊ぶのが好きだ。だけど、母のことはもっと大好きなのだ。早く迎えに来て欲しい。

 

先程まで青空が広がっていたかと思いきや、途端に濃い霧が辺りを包む。胸がざわりと揺れた。
一瞬にして視界を奪い去った深い霧に不安が募った。その場に自分しか居ないことが酷く怖い。


「……おかあさん?」

 

ブランコから降りたのは良かったが、強い不安が募り自然と声が弱々しくなる。周囲を見渡した。
当然の事ながらその小さな声が母に届く筈無い。一人きりの不安感に思わず泣きそうになった。

 

目の前が霧と涙で霞む中、確かに動いたその影を縋るように反射的に掴んだ。ほぼ本能的にだ。
当然のことながら影の主は驚愕して息を呑んだ。当然だ。まさか突然掴まれるとは誰も思わない。
しかし、だからと言って彩俐の手を振り払うわけでもない。ただ困惑して動きを止めたままの様だ。

影は一つしか視認できなかったがどうやら他にも数人居たらしい。落ち着いてみると気配がある。
彩俐の行動に戸惑った気配の一つが彩俐に何かを仕掛けようとしたらしい。気配が僅かに動く。


「やめなさい、犬」

まだ幼さの残る中性的な声が霧の中に響き渡った。動いた気配の主は、どうやら犬というらしい。
声の主は泣きそうな彩俐の手をゆっくり解こうとした。が、離れる事が不安なのだろう。離れない。

服裾を掴む手を更にギュっと強めた。「大丈夫ですよ」と、先程の声が響いて彩俐の頭を撫でた。
その優しい物言いと掌の温もりに安堵したのか、おそるおそると彩俐はその手をゆっくり離した。

そして―――・・・・


「……だ、れ?」

今更かと骸と千種は苦笑を浮かべた。その少女は困惑した様子で自分達を仰ぎ見てそう尋ねた。
少しずつ霧が晴れてようやく映った姿が見知らぬ人物であれば驚きもするだろう。だが無防備だ。
あまりにも無防備な彩俐の行動と言動に苦笑が浮かぶ。この様子だと危険因子ではなさそうだ。


晴れていく霧の中で視界に映ったのは3人の少年の姿。身長は女の彩俐よりも当然ながら高い。
だが幼さの残る声から察するにおそらく同年代くらいなのだろう。彩俐は3人を観察するよう見た。
藍色の髪に赤と藍色のオッドアイ。金髪のわんこと包帯を巻いた男の子。何故か頬にバーコード。

明らかに癖というか、個性が強い。

見た限り、化け物を見るような目でこっちを警戒している金髪の彼が『犬』だろう。気配からしても。
そして、さり気なくこちらを警戒している眼鏡の彼か、藍色の髪の少年のどちらかが掴んだ相手。
しかし、距離からして多分、藍色の髪の少年の方のような気がする。あくまで勘に過ぎないけど。

 

○ 霧招く邂逅 ○


子供というのは本能に忠実且つ気配に敏感な生き物である。力を持たぬが故の防衛策なのか。
そして、彩俐は中でもずば抜けて本能が根強く残って、尚且つ、気配やらに敏感な方だと言える。
霧が出た時は反射的に縋りついてしまったが、今ではこちらの方が危険な気がして仕方がない。


「……」

じわりと3人の少年たちから距離を取ろうと無意識に後ずさる。「怖い」と警鐘を鳴らして止まない。
不意に少年達の瞳を見てその足を止めた。馬鹿だと自分でも思うが足を止めずには居られない。


幼い彩俐が初めて目にした瞳だった。とても哀しい色を宿した少年達の瞳が放っておけなかった。
こんなにも綺麗な色をしているのにそれとは酷く不釣り合いな哀しい色。勿体ないと彩俐は思う。
よく観察してみると藍色の髪の少年の傍に居た2人の少年も似たような色を宿していた。寂しげ。
見ているこっちが哀しくくて泣きたくなるような凍てついた目。全てを拒絶し憎んでいるような目だ。

全てを拒絶し憎む――それは彩俐にとって考えられない事だった。自分は幸せに満ち溢れてた。
両親や四歳離れた姉に愛され、慈しまれて育った。そして、傍には掛け替えの無い存在が居る。
生まれてこの方そんな目を目の当たりにする機会など無かった。だからその目が不思議だった。

 

「おびえなくともなにもしませんよ」

沈黙を怯えと捉えたのか溜息を漏らして藍色の髪の少年が言った。だが、彩俐は怯えていない。
その言葉にふるふると首を横に振り少年達を見据えた。そして素朴な疑問を言葉に乗せて問う。

「……なまえ、なんていうん?」

警戒心が完全に解かれたわけではない。しかし、無意識に彩俐はそう尋ねていた。衝撃である。
予想外の問い掛けに目を丸くする少年達を余所に、彩俐は畳み掛ける様にさらに言葉を重ねた。


正直に言うと少し怖い。

だけど、何と無く放っておけなかった。

 

「わたし、逢隈彩俐。…きみらのなまえは?」

名を尋ねるならばまず己から。両親から耳タコになりそうなほど言い聞かされた事。それに倣う。
意図なんて大それたものはない。ただ、純粋に呼ぶ名が無ければ不便だと思っただけのことだ。

「きみは…」

何を言いかけたのか、藍色の髪の少年が物言いたげに口を開くが、彩俐の目を見て言葉を閉す。
皮肉の様に出掛けた言葉は、おそらく彼女には届かない。その目は自分が全く見知らぬものだ。

どこまでも澄み切った漆黒の瞳は、世界の穢れなどときっと無縁なのだろう煌めきを宿していた。
自分とは180度違う世界で生きて来た証。淀むことを知らない綺麗な瞳の輝きだった。綺麗だ。
骸は素直にそう思った。それはきっと自分達には到底できないだろう目の輝き。愛されし者の瞳。


「…六道骸です。ろくどう、むくろ」

名乗ったのは本当に気紛れだった。何の切欠か彼女と知り合ってしまった。そして名を問われた。
故に答えた。隣に居た千種と犬は驚きの顔をするが、それを気にせず名乗るように2人に促した。

「…柿本千種」 「城嶋犬だぴょん」

無愛想と不機嫌に加えて警戒心全開。明らかに自己紹介としては最悪な印象を受けるパターン。
だが、そんな2人の名乗り方に彩俐は思わず笑ってしまった。否、嬉しかったというべきだろうか。

「なにがおかしいぴょん!」

そんな彩俐ににらみを効かせる犬。千種は理解出来ないと呆れ顔を始終笑顔の彩俐に向けた。
遂には腹を抱えて彩俐は笑いはじめた。何がおかしいのかさっぱり分からない。3人は目を剥く。
不意に背後で「彩俐?」と、小さく彩俐を呼ぶ穏やかな女性の声が響いた。反射的に顔を上げる。

 

「おかあさん!!」

ハッと笑うのを止め彩俐は弾かれたようにそちらを振り返った。嬉しそうにその目は輝いている。
そして、勢いに身を任せて彩俐はその女性の腕の中に飛び込む。それを優しく受け止める女性。

「随分楽しそうね…お友達?」

腕の中で子猫のようにじゃれる娘頭を撫でながら、後ろで呆気にとられる少年達に視線を向ける。
彩俐と似た顔立ちの女性はにこりと骸達に微笑みかけた。ぎくり、と犬は肩を揺らして凝視した。


彩俐の母親に重ねて映ったのは、遠い昔の幻想。

今はきっと、手を伸ばしても届かない。

 

「あのね、あっちからむっくんとちーちゃんとわんちゃん!」

突然、母の腕の中から飛び出したかと思いきや、彩俐はぱたぱたと小走りで骸達に駆け寄った。
先程の警戒はどうしたのか三人の背中に甘える様に勢い良く抱き付いたかと思えばそう言った。

「「「!!」」」

まさか紹介されるとは思わなかった。振り解くこともできずに三人は満面の笑みの彩俐を見遣る。
当の彩俐は全く気にした様子も無く、「ね?」と、無邪気に三人に笑い掛けるだけ。信じられない。


「おかあさんがくるまでずっといっしょにいてくれたんだよ!!」

まるで穢れを知らない純粋な笑み。

あまりにもとんとん拍子で進んでいく展開に三人は呆然とした。この流れはどうなっているのか。
傍らで笑う少女の反応も、心の底をくすぐる女性の微笑みにもついていけない。これは何なのだ。
本当ならば生きる為に何かを奪い傷付けている真っ只中。なのに気付けば見知らぬ場所に居た。

なのに、


「あら、そうなの?ありがとうね」

彩俐の言葉を聞いて女性は三人に柔和に微笑みかけて言った。どくりと胸が高鳴るのを感じる。
その微笑みに言葉を失いかけたが、はっとしたように骸が「い、いえ…」と、咄嗟に言葉を返した。


ワンッ!

不意に公園の入り口付近で犬の鳴き声が聞こえた

 

「怜!!」

途端に彩俐の声が嬉しそうにその犬の名を呼んだ。それに呼応し大きな物体が駆け寄って来る。
綺麗な金色の毛並みに夜色の瞳が印象的なその犬は千切れんばかりに尻尾を振って走り寄る。

そして、

咄嗟に避けた三人とは違って、見事に怜のタックルを受け止めた彩俐は地面に盛大にたおれた。
地面に尻もちを付いた彩俐の膝の上には明らかにそれより大きい怜の姿。相変わらず尾を振る。
軽快に彼は吠えると、まるで撫でろと言わんばかりに彩俐にせがむ。だが、乗られた状態のまま。


「怜!おーもーいー!!」

流石にその体重を支えきれる筈もない。必死に押し退け様とする彩俐と甘える怜の姿は面白い。
やはり怜は全く動かず、ついにはムッと頬を膨らませて拗ねながら彼女は文句の言葉を紡いだ。
怜に至っては気にした素振りも見せずに嬉しそうに尾を振っている。まるで兄弟のじゃれ合いだ。

「怜ちゃんは彩俐のこと大好きだから…心配して付いて来たみたいね」

くすくすと口元に手をあてて微笑む女性。その瞳はとても柔和で優しく彩俐と怜を見守っている。
それは幸せの象徴のような光景だと三人は思った。そしてじんわりとした鈍い痛みが胸を襲う。


言葉を失わざる得ない。これが当たり前の生活なのだと否が応でも理解せざる得なかったのだ。
自分達とは正反対の極々有り触れた生活。本来あるべき姿なのだ。あんな血塗れの生活でなく。

母や父の温もりがあり、家族に包まれて、生活のどこを見ても笑顔が溢れている。何よりも幸せ。
彩俐の笑顔を見た瞬間、それを嫌というほど理解してしまったから。同時に酷く遣る瀬無くなった。
自分達の年頃の子どもが浮かべる笑みは、本来の姿はあれなのだと見せ付けられた気がした。

 

「骸君と千種君と犬ちゃん、良かったら家に寄っていってちょうだい」

身体も冷えたでしょう?

と、何時の間に彩俐に名を聞いたのか、彩俐の母は三人に視線を向けると穏やかにそう告げた。
「え?」と言葉を詰まらせる三人に、彩俐の母は更に「ね?」と柔和に微笑んで促した。断れない。

その微笑みに言葉にできない何かがこみ上げて来るのを感じた。哀しいのだろうか、嬉しいのか。
酷く曖昧でそれに名付ける術を彼らは知らない。とても温かくて、くすぐったくて、妙に柔らかくて。


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