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ワンダーランド住人との絡みばっかり

アリスその場所を訪れたのは偶然だった。時計塔の地下道を抜けて辿りつくその泉は彩俐に聞かなければおそらく縁のない場所だったように思う。珍しく姿の見えない彩俐を探して三領土を巡ったアリスが最後に行き着いたのはカプリスキャットの支配下にあるその場所だった。泉の中央には三日月を模した石像が佇んでいる。その場所で気怠さそうに役割を全うしていた彩俐を見掛けたのは随分前だだが今日は彩俐は居なかった。


(何が見えているのかしら・・・?)

ふと思う

赤く透き通った泉を彩俐はぼんやりといつも見つめていた。アリスがそこを覗こうとすれば「面白い物は何も無いよ」とやんわり止められた。彩俐はいつもそうして寂しげに笑うのだ。だから役持ちとしての彩俐を素直に受け入れられない節があった。彩俐でさえあればとてもいい子なのに役持ちとしての顔はどこまでも寂しげだから。そんな彩俐を見たくなくていつしか役持ちの彼女に近づく事を躊躇うようになった。

地下に存在するそこは常に夜を象り天井や壁には星を模した石が、床には透明の白く光る石が足元を照らすように鏤められている。それが疑似的に作られているとはいえ、幻想的で酷く美しい。アリスは誘われるままにふらりと泉に近付く。「近付いてはならない」と何かが脳裏で警鐘を鳴らす。しかし彩俐が普段見ているものが気になった。彼女が何故いつもあんな憂いを帯びた顔をしているのか、その理由が知りたかった。水面はまるで血かワインのように紅く、そして澄んでいた。


(・・・・・・人・・・・・・?)

水面に人影が二つ映る

まるで寄り添うように二つの影は重なる。傍目に見てもそれらは睦まじい仲であると思えた。雰囲気から察するにおそらく男女。それ以上を求めるわけでなくただ男の肩に凭れて女の影は瞑目する。そんな女の影の頭を男の影はそっと撫でた。酷く刹那的な情景。アリスはその人影を知っている気がした。



「っ・・・アリス!!」

吸い込まれそうな細にその水面は蠱惑的。その紅色に惹かれた。気付いた時アリスの身体は無意識に泉に傾いていた。遠くで誰かがアリスの声を呼んだ。

だが、もう何も分からない―――。





「どういうことですか」

「あの場所は貴方の管轄でしょう?」と、ペーターは苛立ちを推し隠す事もせず彩俐にぶつけた。珍しく時計塔に役持ち達が集う。彩俐はペーターの言葉に反論する事もなくただ受け入れるのみ。話が進まないからとビバルディがペーターを制し、現状の説明を促す。

「どこに飛ばされたかは分からない・・・ただ、問題が起きなければ戻れる筈やけど」

今の彩俐に言えるのはそれだけ。いつ、どこに戻るかまでは分からない。そもそも泉に蓄積されたどの記憶に引き込まれたかすら分からないのだから。それに泉が誰かを引き摺り込むなんて初めての出来事だ。アリスが余所者だったからなのかは分からない。とは言え、返さないという事は無いだろう。それはこの泉の所有者である彩俐が許さない。

『きまぐれの泉』と呼ばれるそこに映し出されるのは過去の残像。あの頃、自分は誰かの過去を無気力に眺めるのだけが役割だった。住人達の大切な時間も消し去りたいような時間も――はては己の過ぎった時間でさえもこの泉は映し出す。それを淡々と眺めるだけ。そして必要あらば秩序を護る為に不要な記憶を住人から消し去る。難儀な仕事だ。こんな詰まらないものはアリスが見るべきでは無いと今まで近寄らせずにいたがこんな形でそれが裏目に出るとは。遠ざけていた分だけアリスを惹き付けてしまった。


「前々から思っていましたが、どうあっても貴女はアリスに悪影響しか及ぼさないようですね」

侮蔑すらも感じさせる冷徹な視線。吐き捨てられた言葉に彩俐は苦笑を浮かべて肩を竦めた。今回に関しては明らかに彩俐の落ち度であり反論できない。きまぐれの泉が何故アリスを引き込んだのかは分からない。とは言え、先程から無言で会話に加わる様子も無いブラッドを見ている限り早々に解決すべき事柄なのは確かだ。小さく溜息を漏らしてそっと水面に視線を向けた。


「・・・!・・・っおい!あれ!!」

不意にエリオットが声をあげた。その声に反応してその場に居た全員が水面に視線を向ける。紅い水面の中で見覚えのある後ろ姿が見えた。「アリス・・・!」。ペーターが歓喜の声をあげた。まさかこんな簡単に見つかるとは意外だった。後は連れ戻せば事足りるだろう。

「さあ早くアリスを・・・」

連れ戻して下さい、と、言いかけたペーターだが振り返った先で顔色を失って水面を見つめる彩俐を見て流石に言葉を噤んだ。あまりの衝撃に今にも倒れてしまいかねない。「どうして・・・」と聞こえた気がした。近くに居たゴーランドがふら付いた身体を支える。

「これは・・・」

今まで沈黙を通していたボリスが呟く。後ろ姿のアリスが掛け寄ったのは彩俐だった。それも昔の彩俐だ。振り返った彩俐は今では想像もつかない無表情でアリスを受け入れ、その口から語られる言葉に耳を傾けている。迷い込んだのが他の誰かの過去ならば良かったものを。


(・・・忌々しい)

思ったのは誰か

今、アリスが居る過去は彩俐のものだ。その証拠にアリスと彩俐の傍に近付く一つの影があった。もう久しく見ていない顔、嘗て処刑された者。その男にアリスは何らかの言葉を掛け、男は朗らかに微笑んで応える。そして男が視線を向けたのは彩俐だった。慈しむようなその視線に一瞬の困惑を浮かべた彩俐は逃げるように顔を背けた。

ワンダーランドの住人の何人かは決して忘れることなく覚えている事だろう。秩序による悲恋譚。あの彩俐が逃げ出してしまいたいと思った程の決して消せない傷跡。そしてその傷跡は今も癒えていないのだ。可哀想なほどに顔色を悪くして水面を見つめる彩俐を見れば一目瞭然だった。心を得た代償にしてはあまりも大き過ぎる代償。彼女の過ぎ去った時間にアリスは引き寄せられてしまった。




「っ・・・アリス!」

戻って来たアリスを見て弾かれたようにその名を呼んだ。アリスもまた弾かれたように顔を上げて彩俐を見つめる。そして躊躇う事無く抱きついた。彩俐よりも背の高いアリスを支えるのは少し手間だがそれを惜しむ事無く抱き留める。やっと腕の中に返って来た。

「どうして・・・」

彩俐の肩に顔を埋めたままアリスが呟く。その言葉に彩俐は首を傾げた。その声から察するにアリスは落ち込んでいる。だがアリスが落ち込む様な事があっただろうかと考える。だが考えたところで一向に分からず困惑したように彩俐はもう一度アリスの名を呼んだ。

「・・・何かあった?」

無理強いする事無く尋ねる。今しがた過去から戻ったアリスの事だから過去で何かが起こったのは必至。しかしその何かが分からない以上尋ねるしかない。その言葉にアリスは背中に回した腕に力を込めた。こんな風にアリスが黙り込むのも珍しい。

「どうして何も話してくれなかったの・・・あの時だって」

アリスの言うあの時は分かる。しかしどうしてそれをアリスが気兼ねするのかが分からない。アレは彩俐の問題でありアリスが心痛めるような事ではない。過去で何を見たのかは知らないがアリスが気に咎める必要性はどこにもないのだから。

「アリス疲れているの?少し眠ると・・・「疲れてなんかないわ」」

眠ると良い。そう言いかけた彩俐を強く遮ってアリスが言う。突き飛ばされるように距離が開いた。その距離に哀寂を覚えながら彩俐はアリスを見つめて困った様に首を傾げる。ならば何故アリスはこんなにも不安定なのだろうか。どうしてこんなにも泣きそうな顔をしているのだろう。

「いつもそうよ・・・大切なことは何も話してくれない」

糾弾されているのだと理解する。だがこんなにも悲しげで苦しげに言葉を投げ掛けるアリスに困惑が募るばかりだ。だが彩俐はアリスに話さなかった事は無い。ただ話す必要のない事は言わなかっただけだ。何をアリスが悲しんでいるのかが分からない。


今までずっとそばに居たにも関わらず、こんなにも心の距離を感じるのは初めてのことだった。アリスが何を考えているのかまるで分からない。彩俐は困ったようにアリスを見つめる。アリスは怒ったような泣きそうな顔で彩俐を見ていた。何か言わねばと思うが上手く言葉が浮かばない。アリスが何を求めているのかがよく分からない。不用意な言葉は逆にアリスを傷付けてしまうのではないかと躊躇いが募った。

この状況になっても尚、彩俐は何一つ話してくれない。いつだって彩俐はアリスを最優先にするから、アリスに関係の無い事は何も話してくれない。関係の無い事なんて無いのに。アリスにとって彩俐が親友である以上、関係のない事なんてありえない。それなのに、彩俐は何一つとして背負わせてはくれない。ただアリスを案じて優しくするばかり。それが逆にアリスの心を抉るのだと、どうして彼女は気付いてくれないのだろう。


「アリス・・・?」

沈黙を破るように彩俐がアリスに声を掛けた。向けられた瞳は相も変わらずアリスを気遣うもの。彩俐だって分かっている筈だ。アリスが今までどこに居たのか。それなのに自分の事を話してくれない。アリスが己の過去を見て来たということを知っている筈なのに。

「・・・怜のこと、大切だったんでしょう?」

本来ならアリスの口から紡がれる筈のない名前に彩俐が息をつめたのが分かった。アリスはまっすぐに彩俐を見据えてその返答を待つ。彼女には珍しくあからさまな動揺の色が浮かんでいるのが分かった。

秩序で在り続ける為に棄てなければならなかった想い。過去を目の当たりにしてアリスは確信する事が出来た。確かに彩俐は怜を「愛していた」のだ。不器用だけれど心の底から愛しんでいた。だからあの時も掟を破ってでも監獄に会いに行った。あの見ている側が胸を締め付けられそうな最期の逢瀬を思い出すと胸が痛む。永遠に等しい刹那。絞り出すようにして口から紡がれたあの言葉こそがひた隠しにされた想いそのものだった。


「・・・・・・」 「彩俐・・・答えて」

アリスから目を背けて目を伏せる。何も答えない彩俐に更に言葉を投げ掛ける。きっと今、彼女の脳裏に過っているのは過去の出来事だ。忘れる事の出来ない過ぎ去った時間。しかし秩序である以上、決して縋る事の出来ない過去の残像。酷だと分かっている。だけど彩俐の口から聞きたかった。


(彩俐は怜を愛していた・・・)

それは確信

不器用に怜を想い、そんな彩俐を愛した怜。二人の絆が本物である事は傍らで見て分かった。そしてそんな二人を見守り続けたペーターや住人達。そして彩俐は自分に携わるすべてを守ろうとして秩序遵守を行使した。真実を歪めて守ろうとした者はそれを知らない。ただ彩俐だけが嫌われ役に徹した。そんなのあんまりだ。彩俐だけではなく、住人にとっても。あまりにも――酷い。


「『気紛れ猫が心を持つのが罪だというなら――罪と共に心を貰っていくよ』」

紡がれた言葉にアリスが瞬いた。彩俐の口から零れたのは嘗て鉄格子越しに彩俐に告げた言葉。その言葉に彩俐は何も返さなかった。否、その表情を垣間見ることは叶わなかった。ただ、「死ぬな」と、絞り出すように紡がれた言葉に怜は困ったように笑って彩俐を抱き寄せたのだ。

「それは・・・「・・・心が罪だなんて言わせない。私の心である以上、これは誰にも渡すつもりなんてない」」

たとえ、それが怜であっても。言葉にはしなかったがそんな響きの込められているように思えた。

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