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ネタ帳
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第一話。
物語の始まり。



その国は今、壊滅の危機に瀕していた。凛祢(リンネ)山の隙間から吹き込む凍てつく風と降り注ぐ死の灰によって。
嘗ては地上の楽園と呼ばれた来織(ライオ)は瞬く間に地獄と化した。地上を徘徊するのはキメラという怪物だけだ。
どこから現れてどこへと消え行くのか全く分からない。ただ、人々を恐怖に陥れる存在であることは明白だ。


人々は救済の地を求めた。そして地下へと逃げる様に降りた。来織に現存するのは三つの地下シェルター。
来織の民は元々複数の種族の血が流れていた。そこで、三つの国に分かれて独自の国の形成をし始めた。
中には三つのどの血脈も持たない者も居た。が、彼等は迫害を受けつつも散らばって細々と生活していた。


復活(フククワツ)国、灰男(ハイナン)国、吟魂(ギンゴン)国――現存する国の名だ。


地下シェルターでの生活は平穏と引き換えに酷く心を枯渇させた。今は安全であってもそれは不変でない。
その不安と種族の在り方・考え方の違いから、三国は酷く不仲だった。そしてそれは今もずっと変わらない。
3年前までは種族関係なく暮らしていたのに今は互いの距離が酷く遠い。まるであの日々が夢だったようだ。


人間を脅かすキメラの存在が原因か、はたまた限られた空間での生活が原因でストレスを与えているのか。
三国は諍いが絶えない。相容れない三つの国が衝突するのは積りに積ったストレスを発散する意味もある。


灰男は科学技術の進歩において他国の追随を許さない――。
されども、進歩した科学技術は同時に荒んだ人の心に闇を植えつけ、その闇が救われないアクマを生んだ。


吟魂は宇宙工学の発達した国だ――。
それ故に最も色んな種族が入り混じった国際交流の盛んな国と言える。が、やはりそこにも裏は存在する。


復活は三国の中で特化した所の無い普通の国――。
どこまでも普通。他国に劣るわけではないが特化したところもない。が、最も人らしくその本質を体現した国。


これは、そんな三つの国で生きる三人の男と一人の少女の物語――・・・・・。


 


『 だ い す き だ よ   み ん な 』


――あの時はまだ何も知らずに笑っていた。


きみが消えるなんて考えたことが無かったから・・・・・。


 


吟魂国にて。


『第三エリアにてキメラらしき影を発見――吟魂国政府がは特別機動隊真選組を出動させる模様です!』
大きな警鐘が鳴り響いてシェルター内のディスプレイに緊急速報が流れた。殺風景な地上の景色が映った。
何となく銀時はそれを見上げた。今度は水猫でキメラが出没したらしい。毎度ながら報道も御苦労なことだ。


「またキメラですか・・・嫌な世の中ですね」


傍らで新八が報道に耳を傾けながら呟くと小さな溜息を漏らした。ディスプレイに異形の姿が映しだされる。
人成らざる存在――人々はキメラをそう呼んだ。それが何者であり、何のために存在するのか分からない。
黒くおぞましい姿。言葉も通じない暴力の塊。誰もがそれを慄くが何故か銀時はそれを異形と思えなかった。


(エリア3・・・・・水猫(みなねこ)か)


懐かしい地名に無意識に目を細める


エリア3・水猫は坂田銀時が辿り着いた最後の楽園だった。3年前、自分は確かにそこで暮らしていたから。
今から7年前、二十歳を迎えたばかりの頃。近所の弟妹分と毎日遊んで過ごしてた懐かしい思い出の場所。
思い出すと必ず脳裏を過るのは幼くあどけない笑顔。思い出す度に胸に一つ、鈍い痛みを伴い石が積もる。


銀時は半年前に出会った新八と神楽と万事屋を営んでいる。それは読んで字の如く、万の事を成す仕事だ。
この時世、繁盛とは言えないが食うに困ることなく収入は得ることができる。そして今は正にその仕事中だ。
吟魂国の国母とされる癒しの能力を秘めた『風蒼姫(かぜあおきひめ)』の護衛を担っていた。今は姫様の外出のお付き合い。
風蒼姫は17歳と年若い身でありながら卓越していた。冷静で大人びた雰囲気。思えば少女と同い年である。


生きていればちょうど同い年――。


少女はもう居ない。この世界のどこにも存在しない。気付いた時には全て遅かった。彼女は消えてしまった。
夫妻に受け入れられたあの日から少女は妹になった。屈託ない笑顔で「銀ちゃん」と、呼んだ声は消えない。


「銀ちゃんどうしたアルか?」 「ボーっとしてましたよ」


いつの間にか足を止めていたらしい。ぼんやりとディスプレイを見上げる銀時に神楽と新八が声をかける。
ハッとしたように銀時は二人に視線を向けると「あ?何でもねーよ」と、何事も無かった風にそう吐き捨てた。
それを見ていた風蒼姫(かぜあおきひめ)が不意に口を開いた。「会いたい人がいるのね」、と。踏み出そうとした足が止まる。


予想だにしなかった言葉。思わず目を向いた。そんな仕草を見せたつもりはなかった。なのに見抜かれた。
風蒼姫が無言でディスプレイを指差す。そこには相変わらず異形のものが映る。何が言いたいのだろうか。
「でも、届かない。だから悔んでいる」と、まるで銀時の心を見透かしたような言葉。開いた口が塞がらない。
 


「・・・・・再会の日は近い。だから、自分を責める必要・・・無い」


責める行為はこれから再会する相手を傷付けるだろうから。起伏の少ない口調で風蒼姫はそう言い放った。
そして何事も無かったかのように視線を逸らすと神楽の手を引いてショッピングモールの中に入って行った。
どこまで理解した上での言葉なのか。その背中を見送りながら銀時は思う。誰と再会するというのだろうか。


――出会うべき人はもういないのに。


 


灰男国にて。


「・・・カプリスキャット・・・?」


灰男国の国母とされる守壁の能力を秘める『風紅姫(かぜあかきひめ)』は水晶玉に映し出されるその影を見て小さく呟いた。
近い未来にカプリスキャットが出現することは分かっていた。が、しかしまだ時期が早い。何を急いたのだ。
風紅姫の護衛軍とされる黒の教団の団員達はぴくりと耳を動かしてその言葉に意識を向けた。緊張が走る。


「・・・ネコが現れたというのかい?朝(あした)ちゃん」


黒の教団の要。教団本部・化学班の班長であるコムイ・リーが眼鏡の位置を整え直しつつ風紅姫に尋ねた。
コムイの質問に朝は視線を水晶に落とした。一瞬の間を置いて、ふわりと笑みを浮かべながら小さく頷いた。
「・・・もうすぐ水猫に現れるよ」。そして口にする。水晶に映るその姿は相変わらずだ。一部で歓声があがる。


――カプリスキャット。


それは100年に一度、災厄と共に世に出現すると救世主の呼称だ。だが、同時に災厄の根源とも呼ばれる。
災厄でありながら救世主。忌み嫌われる面を持つ矛盾した存在。だがそれが世界を救うと伝承されていた。
人智を超えたその能力故にカプリスキャットは人々にとって畏怖と好奇心の対象だった。誰もが魅せられる。


そして求めて止まない不思議な存在。彼等はその存在を動物の猫に喩えて『ネコ』と呼ぶ。『気紛れ猫(カプリスキャット)』、と。
だが人の身で触れることは叶わない。留め置く事は叶わない。カプリスキャットは神に愛された存在だから。
神の領域を冒す者はその身を滅ぼすだろう。だがカプリスキャットに魅了されし者は渇望するのを止めない。


たとえ、その身を業火に焼かれようとも――。


 


「・・・コムイ。俺がいく」


紺碧の長髪を後ろで束ねた鋭い眼光の男、神田ユウは破邪の武器。愛刀の六幻を片手に立ち上がった。
珍しく積極的な姿勢を見せる神田に驚きを隠せないのは同期であり自称親友のラビ。こんな神田初めてだ。
いつになく真剣な目をコムイに向ける神田のその目は本気だった。何を思っての進言なのかは分からない。


「カンダ?」 「あぁ・・・確か、エリア3は神田君の育った村があった場所だったね」


ラビ同様に戸惑いを隠せないのはユウと犬猿の仲にあるアレン・ウォーカー。コムイが納得した様に言った。
"あった"と過去形で表現された事に思わず舌打ちする。水猫は神田の生まれ育った村だ。美しい村だった。


エリア3――水猫。


神田の脳裏を不意にあどけない笑顔が揺れた。生まれて初めて守りたいと思ったその笑顔。小さな女の子。
未だ覚えてる。忘れようとしたが忘れられなかった。忘れようとすればする程、鮮明にそれは脳裏をちらつく。
自分と幼馴染。今はもう会うことも叶わない。それでも交わした約束は消えない。「また、いつか」と、誓った。


あの日々は嫌いじゃなかった。鬱陶しく感じることもあったが、失くしたくないと思える程度には好ましかった。
だが簡単に壊れてしまった。掌から零れ落ちた。忘れられないのは、長く一緒に居過ぎたせいだ。消えない。
消そうとしても消せない。ウンザリするほど、一緒に居た。それが当たり前になってしまうほど長く居過ぎた。


だから――


「・・・ちっ。アホくせぇ」


懐古的な想いに耽るなんて無駄だ。もういちど舌打ち、振り払うように歩きだす。もう止まることは出来ない。
もう後戻りはできない。キメラを倒して地上に戻る。この道は自分で選んだものだ。足を止めるつもりはない。
だが時折、考えることがある。血に染まったこんな自分を"あいつら"が見たらどう思うだろうか。修羅同然。
きっと渋い顔をする。あいつらはそういう奴らだから。決意したのは自分だ。神田はただ、平穏が欲しいだけ。


―― その平穏の中に望む者はいなくても。


"あいつ"は一番歳の近い幼馴染だった。泣き虫で甘えたで鬱陶しいくらいに神田の後を付いて回っていた。
好きだったかと問われたら分からない。あの頃はまだ子供だったから。だが傍に居て安堵したのは事実だ。
それだけで十分だった。あの日々を思い返せばどれもこれもキラキラと輝いていたように思う。心を満たす。
神田はキメラを憎んでいる。キメラさえ居なければ離別など無かった。望んだものを失くすことは無かった。


 


復活国にて。


「・・・何か用ですか?プリーモ」


年子の兄でありボンゴレの現長であるプリーモことジョットに呼び出された綱吉は不機嫌そうにそう尋ねた。
突然呼び出されて、謁見の間に通されたかと思いきやそこにはジョット率いる本部の面々。圧倒感が凄い。
思わず竦みそうになるのを堪えてプリーモと向き合う。彼が呼び出す時はロクなことが無いのは承知の上。


現在、ボンゴレはジョットが長として君臨している。しかしその実弟の綱吉が後を引き継ぐ事も確定していた。
もともと長になどなりたくないし、興味無かった。が、不運にも己の家庭教師に才覚を見い出されてしまった。
復活国で暮らす様になった現在、次期候補としてジョットの補佐を務めているが、災難以外の何物でもない。


――最初から全て決められていた。


おそらく綱吉が長になった後も実権はジョットにあるだろう。彼のカリスマ性は本物だ。認めざる得なかった。
が、しかし、となると自分は何なのだろうか。単なるお飾りでしか無い。ジョットが優れているのは知っている。
優れた兄に綱吉は昔から強いコンプレックスを抱いていた。どうしても存在意義を見い出すことが出来ない。


数年前、ふらりと立ち寄っていつしか住み着いたとある村での出会いが綱吉の人生で大きな転機となった。
手を差し伸べたのは、駄目ツナの本質を見抜いたのは彼等だけ。幼馴染と呼べる間柄にあったとある3人。
綱吉にとって掛け替えのない存在だった。彼等が居たからこそ少しだけ自分を大切に思えるようになった。


「・・・来たな綱吉。お前に頼みたいことがある」


その言葉には毎度ながら有無を言わせない威圧を覚える。実弟と話すのにそれはないだろうと内心思った。
ときどき、この人は本当に兄弟なのか分からなくなる。あまりにも違い過ぎるからだ。綱吉は溜息を漏らした。
呼び出した理由は知らないが大方良い知らせでは無い。諦めた風に目を向けると「急かすな」と、叱られた。


――あんまりだ。


「・・・どうせロクなことじゃないんでしょう?オレにですか?それとも、守護者にもですか?」


半ば投げ遣りに近い言葉を発する。ジョットが綱吉を呼び出すときは決まって面倒事を押し付ける時だった。
だからこそ言いそうになる。人使いが荒い、といつか物申そうと思うくらいにはジョットは人使いが荒かった。


「ネコに関してだ。場合によっては守護者にも出て貰う」


その言葉に驚愕を隠せなかった。まさか、再びその名を聞く事になろうとは。それを見てジョットは苦笑する。
全く以って分かり易い弟だ。どんな因縁があるのかは知らないがまさか単語だけでそんな顔を見せるとは。
期待と困惑が入り混じった様な表情。だがその存在を渇望しているだろう事はその瞳を見れば明白だった。


ネコ――カプリスキャット、小さな手。


懐かしくも心痛める名。7年前に失った小さな手を思い出す。あの時、掴み損ねた事実は今も胸を痛める。
両親から宥めるように言い聞かせられた。しかし理解出来たとしても納得する事なんて到底出来なかった。
確かにカプリスキャットは災厄の根源だ。その名前が舞い込んだ途端に大切なものを失くしてしまったから。


そして、皆、離ればなれになった。


幼かったわけではない。7年前、綱吉は17歳だった。ボンゴレ長の次期候補に挙げられて3年経過していた。
長候補であることが嫌でボンゴレ村を飛び出し、エリア3・水猫で平々凡々な生活を送りながら暮らしていた。
ある日、近所の子供と出会った。女の子と男の子。まだあどけなさの残る二人は毎日のように遊びに来た。


"ツッくん"と、女の子は綱吉を呼んでとても懐いてくれた。”ツナ”とぶっきら棒に呼んだのは男の子の方だ。
それから暫くして"銀さん"と呼んでいた女の子のお兄さんがそこに加わるようになり、毎日一緒に過ごした。
共に過ごす時間は何よりも楽しかった。だからこれから先も一緒に居られたら、と。そう願って止まなかった。


だけど――


(・・・・・もう届かない)


思い出すと苦しくなる


どうしているだろうか。来織が3つに分裂して3年の歳月が過ぎた。あんなに一緒だったのに。時間では無い。
過ごした時間に比例せず離れる瞬間は一瞬だ。別種だと判明して以来、互いに国も別れて会えなくなった。
もしもあの子が――彩俐が、今の自分達を見たら哀しむのだろうか。最後に聞いた言葉が脳裏を離れない。


『だいすきだよ』


そう言って、あの日だけは笑ってみせた。いつもなら気付くのに、どうして違和感に気付けなかったのだろう。
今思えばあんなにも泣きそうに「だいすき」と言っていたのに。アレが最後になるだなんて想像もしなかった。
明日になったらきっとまた会える。そう疑わなかったし、これから先もこの毎日が続くと信じて止まなかった。


「・・・・・ネコがどうしたっていうんですか?」


一度は動揺したが、綱吉も今年で24歳を迎える。流石に感情を抑えられない程、幼い子供の歳では無い。
ゆっくりと息を吐き出し平静を装いながら尋ねた。ヒントになるかも知れない、と、僅かに淡い期待を抱いて。


「エリア3で出現すると情報が入った。お前達に確認に行ってもらいたい」


その言葉に綱吉は「分かりました」と、返す。単独で向かい、手に負えないようなら守護者も同行させる、と。
それから適当に話を切り上げて綱吉は踵を返した。浮足立ちそうになるのを堪えながらジョットに一礼する。
そして歩き始めるが口元に浮かぶ笑みを堪えることは出来なかった。これで堂々と地上に行くことが出来る。


あの日、綱吉は大切なものを失くした。でもどこかでまだ生きていると信じ続けた。そして舞い込んだ朗報。
カプリスキャット、ネコの名で脳裏を掠めるのはあの子だけ。死んだと言われてきた。だけどそうではない。


――彩俐は生きている。


次に見つけたらもう二度と離したりはしない。掴み損ねたあの小さな手を思い出す度に強く思い続けてきた。
失った過去を取り戻したいだけかも知れない。だとしても、綱吉にとって彩俐は掛け替えのない存在だった。
ダメツナの本質を見抜いたのはあの子だった。水の豊かな村で綱吉は心にも潤いを取り戻すことが出来た。


あの懐かしい日々が恋しくて堪らない。綱吉が取り戻したいのは彩俐だけではない。4人で過ごした日々を。
勝手な願いだと分かっている。もう3年も経った。皆、きっと変わっている。時間は留まらず、移りゆくものだ。
それでも再び――もう一度だけで良い。あの日々を取り戻したい。願わずには居られない愛しいものだから。


 


「・・・・・オレにとっては掛け替えのない毎日だったんだ」


Ⅹグローブの調子を確認しがてらグッと拳を固く握り締める。そして誰に言うわけでもなくその言葉を紡いだ。
それは綱吉の誓いの言葉であり決意の証でもある。この好機を物に出来なければ次はいつか分からない。


(――もう待っていられない)


やっと訪れた好機だ


そんな綱吉の後ろ姿を気配を殺しながら見つめるリボーンの姿があったことに綱吉は気付いていなかった。


 


覚醒警鐘
(そして時は廻り、運命の歯車は動き始める)

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