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毎度おなじみ出会い編です。
さて、お相手と出会えるのはいつでしょう・・・?







その手紙がオランヌ=バルソーラの元に届いたのは突然だった。旧友から約半世紀ぶりに手紙が届いた。
音信不通になりがちで、滅多に便りを寄こさない彼からの手紙は簡潔に「弟子を取った」と、メモ的な内容。
あれが弟子を取ったことは意外だったが、"ルリア=ヴォーヴナルグの弟子"の噂は聞いたことがあった。


だから、それは大して驚くべき内容ではない。


彼の大賢者が弟子を取ったという噂は瞬く間に大陸中に拡散した。ある種のスキャンダルと言えるだろう。
弟子を取らないことで有名な偏屈者がついに取ったというのだから、それだけで十分人々の興味をそそる。
そもそも彼に人を育てるなんて芸当が出来るのか否か。長い付き合いのオランヌですら意図を計りかねる。


そして、オランヌは今、事実を確かめるべく砂漠の国・ギルカタールを目指していた。国土は目と鼻の先だ。
流石に箒に乗ってギルカタールに踏み込む真似は問題だ。一番近いオアシスで箒から降りて、溜息一つ。


「・・・熱い・・・だるい・・・」


オアシスの自然が作り出す僅かな日陰から出るのは相当勇気が要った。魔法で暑さを凌ぐことは可能だ。
が、視覚的なものを遮ることは出来ない。焼けつく砂にジリジリと照り付ける陽射し。見るだけで暑苦しい。
この距離を箒でなく徒歩でなんて、老体に鞭打つ酷い仕打ちだ。否、そもそも鏡による移動が駄目なんて。


手紙の最後に描かれた絵が噴き出し付きで『鏡での移動はあの子が驚くから禁止だゾ☆』と、言っていた。
本気で手紙を燃やしてやろうかと考えたのは否定しない。絵が無性に癪に障ったのだから仕方ないだろう。
数時間前を思い出してオランヌは小さく息を吐く。それにしても噂の弟子は随分と大切にされているらしい。


(あの子が驚くから・・・か)


らしくもない


旧友と呼ぶからにはそれなりに長い歳月の付き合いだが、ルリアが弟子を取ったことは意外だと思った。
知識を与える職の自分とは違いルリアは大陸各地を旅して見分を広めながら己を成長させる道を選んだ。
今や大賢者と称される程にその知識は幅広く深い。それでも欲するところには届かないというから貪欲だ。


否、それは――当然かも知れない。


ルリアの目指す場所は果てしなく遠く、簡単ではない道のりだ。彼が生きてる間に辿り着けるとも限らない。
不毛ともいえる道程を歩む友を止めないのは、だとしても、彼がそれを求め続ける理由を知っているから。
オランヌもルリアの常人よりかは少しだけ長い時間を生きている。だからこそ、求めずにはいられなかった。


・・・・・・。


話が少しずれたから戻そう。詰まる話、それだけ、誰かの為に時間を割くことを厭うルリアが弟子を取った。
それの意味するところは即ち、件の弟子が彼がわざわざ時間を割くに値するだけの存在だったということ。
ああ見えて彼はなかなか気難しい部分がある。領域に対しとても神経質なのに、踏み込むことを許容した。


――ルリアが選んだ弟子。


(・・・どんな子なんだろうな)


興味が湧く


否、沸かない筈がない。そうでなければ、こんな場所に遠路はるばる足を運んだりは絶対にしないだろう。
特にこんな暑さの中、徒歩で。足を踏み入れたギルカタールの街は犯罪大国と謳われる割に活気がある。
地図を見ながら目的地付近に着いた時、そこが今までの賑やかな雰囲気と一線を隔してる事に気付いた。


魔法使い入門


「・・・お客さん?」


不意に扉を叩く音。夜も更けて来た頃の来訪者はそう多くはなく、また、碌でもない。彩俐は小首を傾げた。
ちらりとルリアに視線を向けると、その呟きが届いてるのか否か、彼は相変わらず書物を読み耽っている。
「ルリア」と、呼び掛ける。その声に顔を上げ「さあ?配達屋さんじゃないかな」と、適当な返事を寄こした。


(・・・んなわけあるか)


思った


こんな夜更けに郵便物を届けに来る無礼な配達屋が居て堪るか。というか、どれだけ無防備な配達屋だ。
まだギルカタールで生活を始めて日は浅い。が、此処が安全な場所で無いことだけは十二分に理解した。
これも一重に目の前の師匠であり養い親であるルリアのおかげだろう。全くもって有り難くない知識だった。


突っ込む気も萎えてルリアにもう一度視線を向けると、完全に意識は書物に戻っていた。動くつもりは無し。
となれば、自分が出るしかない。迷惑なスラムの住人だったらその時に対処すれば良いやと軽い気持ち。
小さく息を吐き、立ち上がる。何度目かのノックに応答して少し扉を開けた。が、反射的に閉めそうになる。


「駄目じゃないか、彩俐。ちゃんと挨拶しないと」


無意識による反射行動だった。ルリアが配達屋だと言ったから(あてにはしてなかったけど)油断していた。
もしくは迷惑なスラムの住人だろうと思っていたら何のその。来訪者は開口一番にルリアの名を口にした。
そして、彩俐の姿を捉えるとほんの少し驚いた様に目を丸くした。その単語に彩俐は反射的に扉を閉めた。


「・・・来客があるなんて一言も言わへんかったやんか!」


思いっ切りあんたの客じゃないか。宥める気も無いだろう暢気にそうのたまうルリアに彩俐は噛み付いた。
客人が来るなんて聞いてない。しかもこんな時間帯に、だ。久し振りの対人に心臓が飛び出るかと思った。
来ることが分かっていたのならあらかじめ言っておけば良いのに、唐突だから人が悪いというか性格悪い。


「そうだっけ?まあいいよ。ほら、ちゃんとおもてなししなさい」


「あれ~?」なんて惚けた様にルリアが言う。かと思いきや、大人の余裕とばかりにそんな宥め方をする。
言いたい言葉は山のようにある。が、流石に来客を外に放置したままというわけにはいかない。溜息一つ。
扉を開けると、そこには相変わらずの――否、違う点を挙げるなら、客人は笑いを一生懸命に堪えていた。


褐色の髪に、柔和な笑顔――・・・・・


(・・・・・うさんくさ)


そう思った


初対面の相手に対してとんだ感想を抱くようになってしまった。が、ルリアと生活してたら思わざる得ない。
人は見た目に因らない。誰しも、見えない内側にとんでもない逸物を抱えている可能性は無きにしも非ず。
それを身を持って教えてくれたルリアに一応は感謝しておく。人を見極め埋めに磨きが掛かったのだから。


「・・・お待たせして申し訳ありません。どうぞ」


遠慮がちに小さく頭を下げて口にする。そして、家の中に招き入れた。「ありがとう」と、その人は微笑んだ。
もてなせと言うからにはおそらく親しい相手なのだろう。その人が纏っていたマントを受け取り壁に掛ける。
ふと気になって目を向けると、書物を読む手を止めたルリアが立ち上がった。そして、嬉しそうに口を開く。


「やあ!久し振りじゃないか、親愛なる我が友」


(うさんくせぇ!!)と、幾度目かのツッコミ。それほどまでにルリアの口調は演技が掛かって白々しかった。
ルリア曰く親友らしいその人は「いきなり呼び出すものだから驚いたよ」と、慣れた様子であっさりと答えた。
「悪かったね。愛弟子を一刻も早く紹介したくて、早々に手紙を書いたんだ」と、どの口がそれをほざくのか。


「風の便りで聞いているよ」


親友に会えて嬉しいのか、気持ち悪いくらいテンションの高いルリアを見てその人はフッと笑いそう言った。
そして彩俐に視線を向ける「彼女が?」と、確認するように尋ねた。視線を投げ掛けられて、少し身構える。


「ああ。仔猫みたいで可愛いだろ?ほら、彩俐。ちゃんと挨拶なさい」


弟子からペットに降格しましたよ、と。警戒心の強さをそう表現したのか、ルリアは小さく喉で笑って言った。
「・・・喋らす間を寄こさへんかったクセに」と減らず口を叩く。割り込む間もなく会話を進めていたのは誰だ。
「こーら。減らず口はいいから」。だが、知ったこっちゃないとばかりに窘める言葉。何だか理不尽に感じた。


「・・・・・初めまして、逢隈彩俐です」


言いたいことは山程あるが、挨拶は基本だ。それを欠くような礼儀知らずには、彩俐も育てられていない。
緊張が完全に解れてはいないが、なるべく笑顔を取り繕いながら名乗る。なんとなくもどかしい感じがした。


「俺はオランヌ=バルソーラ。魔法学校で講師をしているんだ」


「よろしくね?彩俐」と、今度はルリアの親友もといオランヌが名乗ってくれた。差し出された手に困惑する。
こちらの挨拶は元の世界に比べて積極的だと思う。どうしようかと、迷っていると不意に雑念が入り混じる。
オランヌの言った『魔法学校』という単語から彼が魔法使いなのは分かった。だが、その分、腑に落ちない。


「まほうつかい・・・また、魔法使い・・・・・」 「ん?」


ぶつぶつ呟く彩俐にオランヌが首を傾げる。ルリアに至っては彩俐の反応を見て盛大に笑い転げていた。
「この子は魔法の無い国で育ったから、あまり馴染みないんだよ」と、一頻り笑ってからそう言葉を添えた。
その言葉に今度はオランヌがきょとんとした表情を浮かべる番だ。意外なものを見る様な目を向けられる。


「馴染みないっつーか・・・むしろ、物語の中の産物よね」


魔法なんて存在しない。むしろ自分の世界は科学が進歩していたし、魔法は空想の産物に過ぎなかった。
だから当然、馴染み無くてむしろ『ある』という感覚がよく分からない。かくいうルリアも魔法使いなのだが。


「・・・魔法使いは嫌い?」


オランヌに尋ねられて緩々と首を横に振る。好きも嫌いも判断の仕様がない。まだ判断基準が出来てない。
「ロマンがあるので嫌いちゃいますよ。でも、何か実感沸かへん」。思ったことを口にする。これが今の答え。
「そっか。嫌われてないみたいで安心したよ」と、オランヌはフッと笑ってもう一度その手を差し出して来た。


「嫌うもなにも、知り合ったばかりでそう判断するだけの適正材料がありませんから」


少し悩んだが、その手を握り返した。大きな掌に少しだけ父を思い出して安堵したことは内緒にしておこう。
それにしても、何故、好きとか嫌いだという話になったのかよく分からない。別にどちらでもないというのに。


「少しばかり、人付き合いが下手くそでね。口は悪いけど、悪気は無いんだよ」


と、微妙な間を取り繕うようにルリアが口を挟んだ。が、どうしてだろう。フォローというより貶された気分だ。
「・・・口は良くても、性格が良くない人に言われたくないけな」と、反射的に毒吐く。全く失礼極まりない男だ。
「ほらね?要は嘘が吐けない子なんだよ。可愛いだろ」と、ルリアがオランヌに同意を求めるように言った。


意味が分からない。というか、自分の性格が悪いと言われたことに関しての否定はしないのか、と思った。
まあ否定の仕様がないのかも知れないが。ルリアの言葉にオランヌは曖昧に笑って誤魔化してたようだ。
ルリアの親友というから、どんな変人かと思ったが案外普通の人みたいで安心した。至ってまともな印象。


「さて、と・・・立ち話も何だし、座りなよ」


「長旅で疲れてるだろ?」と、何も無い場所を顎で指し、指を鳴らせば椅子が出現する。流石は魔法使い。
それをぼんやりと眺めていたが不意に思い出した様にオランヌに「紅茶でも大丈夫ですか?」と、尋ねる。


「ああ、ありがとう。なら、ストレートでお願いしようかな」


その言葉に彩俐は「分かりました」と、返してルリアに目を向けると、彼は「私はミルクで」と挙手して主張。
さらに何か続けようとしたがそれを遮り「甘めやろ?」と、呆れた風に先に告げる。と、ルリアは笑って頷く。
「分かってるじゃないか」と、満足げに笑う彼がまるで子供みたいで彩俐は肩を竦め笑いキッチンに向かう。


 


その後ろ姿を見送って、二人だけになった部屋でルリアが不意に「・・・可愛いだろ?」と、オランヌに振った。
何を言うかと思えば惚気か。オランヌは一瞬、げんなりしそうになるが、確かに彼の弟子は可愛らしかった。
見た目に限らず、若さゆえかまだ青臭いところも含め自分達にはない一面。ルリアが可愛がるのもわかる。
だが、それ以上に驚いた事があった。「・・・相変わらず性格悪いな」と、今更ながら恨み言が出てしまった。


「・・・あの子だから、弟子にしたのか?」


身体をぼきぼきと鳴らしながら、褐色の双眸だけをルリアに向けオランヌは尋ねる。ルリアは小さく笑った。
彼女に似ている少女だからこそ、弟子にしたのか、と。「・・・確かに、あの子だから弟子にしたよ」と、断言。
その言葉にオランヌは呆れを覚えた。もう何百年も経つのに未だ彼女の幻影を追い続ける親友に対して。


「それに、彩俐はこの世界のことをなにも知らない」


「赤子みたいに無垢だと思わなかったか?」と、ルリアは言葉を続けた。赤子みたいに、は、言い過ぎだ。
が、確かに彩俐はこの世界の『当たり前』について酷く疎かった。魔法は物語の産物だと言い切ったのだ。
生まれ落ちて間もなく、生きる術を持たない無防備な赤子。そんな娘だったからこそ、弟子にしたのだ、と。
それ以外にあの子が生き残る術は無かっただろう。単なる気紛れだった。が、今は良かったと素直に思う。


「出自が関係している・・・ってところか」


オランヌとて全てを語られねば分からないほど愚鈍では無い。ルリアの少ない言葉から僅かにだが察した。
確かに違和感はあった。彼女は魔法を物語の産物だと表現した。日常では殆ど接する事は無いのだ、と。
そもそもそれがおかしい。大陸内で魔法が日常的でない国の方が圧倒的に少ない。一部の例外を除いて。


ルリア曰く「鳥籠の中で見つけたんだ」と、言う。『鳥籠』という単語にオランヌは思わず顔を顰めそうになる。
とある書物の中で偶然見つけたのだが、この大陸には魔力を有する者は鳥籠に囚われるという国がある。
昔はそんな馬鹿げた話があって堪るか、と、思ったものだが、真実を知ってしまった今となれば笑えない。
そんな場所に彩俐が居たと知らされると、幾ら傍観主義のオランヌといえども快い気分にはなれなかった。


「あの子はこの世界の住人じゃない」


「だから、庇護する人間が必要だった」と、ルリアは続ける。教えるために彩俐を弟子にしたわけではない。
魔法さえ知らない異世界の迷子だったから、誰かが庇護してやらなければ生きられない程に弱い子供だ。
弟子というのは単なる肩書きに過ぎない。事実は偶然、ルリアが迷子を見つけ拾っただけに過ぎなかった。


――ただ、それだけのこと。


「それは・・・ミカミに似ているからか?」


オランヌは問うた。可哀相な子供を拾った、だけでは解せない。ルリア=ヴォーヴナルグは善人では無い。
愉快犯的な一面を持つことも知っている。オランヌからすればその理由だけでは逆に不自然に感じられる。
だからこそ、問いを投げ掛けた。端的に刺す言葉にルリアは黙する。明確な名前を出されて脳裏を掠める。


懐かしい面影。


確かに彩俐と出会った時、彼女が重なったことは否定しない。記憶の中に褪せることなく在る彼女のこと。
しかしルリアは決して似てるという理由だけで彩俐を弟子にしたわけではない。気に入ったのは彩俐自身。
綺麗な目をした子だと思った。どんな生活をしてたのか、素直とは言い難いがそれでも澄んだ瞳をしてる。


――彼女とは異なる、その、漆黒の双眸に興味が湧いた。


 

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