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単発 足利義輝と謁見しました。

彼が信頼置く臣下の嘉樹に二番目の娘が生まれたと聞いて彼是数年。義輝は再三、嘉樹に娘を連れて来いと言っていた。今は8つを迎えただろうか、大姫を思い出して義輝は笑みを深める。一番目の娘も愛らしい姫だった。少し人見知りの気はあるが、それでも父に促されて頭を下げたその姫に自然と笑みが零れたは懐かしい思い出だ。

漸く二番目の姫も人前に出して挨拶出来るだけの齢だからと、この度、強引ながら嘉樹に謁見させるように告げた。最初は躊躇った嘉樹だったが主君の命に背くわけにもいかず渋々首を縦に振った。そして、今日がその謁見の日に当たる。中々に個性的な姫なのだと噂を耳にした事がある。嘉樹に憧れて武人を目指しているのだとか。聞けば聞くほど個性的で面白いと思う。


「はじめましてよしてるさま」

そう言って、たどたどしさが残るものの頭を下げたその幼子に義輝は笑みを深めた。噂の二の姫は見た目は愛らしい普通の姫だった。父親似なのかその造形はまだ未発達だが嘉樹によく似ている。しかし面立ちは母親の柔らかさを継いでいるらしい。大姫よりもどこか甘えたな印象を受ける。

「どれ…もっと顔をよく見せてみよ」

近くに寄るように促せば彩俐はちらりと父を振り返る。余程、父を信頼しているのだろう。嘉樹が穏やかに笑って促せばおそるおそるといった風に義輝に近付いてきた。義輝の傍にちょこんと座って小動物のような顔で見上げた。甘えたな印象を受けるがどこか我の強そうな印象を受ける。きっと父親に似て一本筋の通った子に育つだろう。

逢隈の家臣達が男で無かった事を残念がる気持ちが分からなくもない。これが男であったならば逢隈家も安泰した事だろう。義輝に頭を撫でられてへらりと笑った彩俐は義輝の家で飼われていた猫に興味を示して近付いて行く。そして数分後には将軍の御前であるのも忘れて猫にべったりだ。自然や動物が好きだと聞くが大いに納得する。むしろ自然と戯れている時の方が活き活きとしていた穏やかだ。まるで絵に描いたような幸せな家庭の中で育っているのだという事が良く分かる。


「申し訳ございません義輝様…」 「気に病むな。幸せに満ちた顔をしていて愛いではないか」

やってしまったと言わんばかりに嘉樹は肩をすくめて苦笑を浮かべた。だが心の底からそれを困ったと思っているわけではないのは一目瞭然。娘の奔放な態度に呆れ混じりながらも微笑ましく思っているのだろう。またそれを義輝も不快に思っているわけではない。頭を垂れる嘉樹に「顔を上げよ」と促す。「はっ!」とかしこまった風に嘉樹は面を上げる。目の前で猫と戯れる幼子の顔とよく似ていると義輝は思う。


一度はこの男を疎ましく思った事があった。身分違いが甚だしいにも関わらず己の妹と恋に落ちた。そして娘を産み、今はもう一人の娘に囲まれて幸せに暮らす。駿河から京へと流れついた男に妹を大切にする事が出来るものかと思った。が、今ならばそれは間違いであったと悟る。この男でなければ最愛の妹は今、幸せな家庭の中で過ごす事は出来なかっただろう。妹の取り成しもあり男を臣下へと加えて十年近く。今では最も信頼の置ける臣下となった。

逢隈嘉樹という男は風のような男だ。飄々と自由に生きるが決して己の信念を曲げようとしない。己の義を重んじる男。そんな男だからこそ妹もこの男に惚れたのだろう。そして男は護る物を得て更に凛然と佇むようになった。その背中に焦がれ、憧れ、そして追いかける存在がその娘。娘もいつか父に追いつく為に己を見出すのだろう。そして、いつか子を孕めばその子がまたその背中を追い続ける。そうして逢隈の血は絶えることなく粛々と続いていくのだ。何とも羨ましい家系だと思える。



「彩俐よ」

猫と戯れるその幼子の名を呼んだ。その声に彩俐は振り返り輝義をぼんやり見上げる。この人が父の仕える人なのだとぼんやりと考えると何と無く感慨がある。足利義輝という人は屈強というよりも柔軟な印象が強い。しかしその目は直向きでただ軟弱なだけでは無い事を本能的に悟る。いつか自分も誰かに仕えるならばこんな人が良いなとぼんやり考える。

父が自分や姉、母よりも命を懸けて護る人。否、別に家族を蔑ろにしているとは思わない。それでも最優先で護るべきは義輝なのだろう。父が尊敬するそのひとは今まで雲の上の人物でしかなかったが、いざ顔を合わせてみれば存外普通で拍子抜けしてしまう。彩俐の頭を優しく撫でるそのひとを温かい人間だと何と無く思った。そしてこの人は嫌いではないと思う。呼び止めた義輝に「…なんですか?」と小首をかしげる。そのひとは穏やかに微笑むと口を開いた。


「強くいきなさい」――と。

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